雨と決勝の因縁とは? わかりやすく解説

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雨と決勝の因縁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 08:56 UTC 版)

全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード」の記事における「雨と決勝の因縁」の解説

1993年第75回記念大会2回戦鹿児島商工鹿児島)対堀越西東京)の試合では、鹿児島商工3-03点リードした8回表、突然の豪雨球場全体水浸しになり、2度目24分間中断後、降雨コールドゲーム適用され鹿児島商工堀越下した。続く3回戦鹿児島商工常総学院茨城)と対戦鹿児島商工4-04点リードしながらも4回表、前日に続く今度降雨ノーゲームとなってしまう。翌日再試合ではなかなか点が取れず投手戦になり、7回表に1点取った常総学院そのまま1-0僅差敗れ鹿児島商工不運な敗戦甲子園去った。 翌1994年第76回大会)で鹿児島商工は、学校名南に変更して甲子園戻ってくる。前年ノーゲームによる悔し負け方をした南(鹿児島)は3回戦双葉福島)との試合で、3-1南が2点リード迎えた試合成立寸前の7回裏途中降り続く中断又もノーゲーム思われたが1時間10分後に試合再開結果南が4-1下してそのまま決勝勝ち進むことになる。この年決勝対戦した佐賀商(佐賀)も、準々決勝北海南北海道)との試合中5-0佐賀商が先行していた4回表に、激しい雷雨により1時間33分間中断となったが、6-3佐賀商が逃げ切って勝利1994年選手権佐賀商の優勝貢献した当時コーチは、奇しくも10年後、2004年の夏選手権優勝した駒大苫小牧香田誉士史監督である。さらに、1993年の夏選手権ノーゲーム再試合で運良く鹿児島商工勝った常総学院は、同じく奇遇にも駒大苫小牧ノーゲーム再試合悔しく敗れた2003年の夏選手権全国制覇成し遂げている。 2003年第85回記念大会1回戦倉敷工(岡山)対駒大苫小牧南北海道)の試合では、駒大苫小牧8-08点差の大量リードしながらも、4回裏途中台風接近による激しい雨が降り続き降雨ノーゲームとなる。そして翌日再試合では、前日打って変わって倉敷工が試合優位に進め5-2駒大苫小牧下した駒大苫小牧側では日付から「8・9悲劇」と呼んでいる。 翌2004年第86回大会)で甲子園戻ってきた駒大苫小牧は、初戦2回戦佐世保実(長崎)を7-3下し北海道勢春夏50勝目勝利を挙げたその後駒大苫小牧日大三横浜など強豪に勝ち続け、そして決勝戦では2004年選抜大会優勝済美愛媛)を13-10の乱打戦制し北海道勢として初の甲子園優勝果たした2008年第90回記念大会1回戦では、大阪桐蔭北大阪対日田林工(大分)の試合で、大阪桐蔭4-0リードしながら、2回裏途中で雷雨によりノーゲームとなる。大阪桐蔭部員数人は「再試合リードしていた学校敗れケースが多いので、嫌な予感よぎった」と語ったが、翌日再試合大阪桐蔭前日打撃好調維持16-2日田工に圧勝してノーゲーム不運吹き飛ばした大阪桐蔭その後も勝ち進んで決勝戦進出。そして決勝大阪桐蔭は、常葉菊川静岡)に17-0圧倒的な大差付けて17年ぶり2回目の夏選手権での全国制覇成し遂げた

※この「雨と決勝の因縁」の解説は、「全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード」の解説の一部です。
「雨と決勝の因縁」を含む「全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード」の記事については、「全国高等学校野球選手権大会に関するエピソード」の概要を参照ください。

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