関東鉄道常総線列車衝突事故とは? わかりやすく解説

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関東鉄道常総線列車衝突事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 23:16 UTC 版)

日本の鉄道事故 (1950年から1999年)」の記事における「関東鉄道常総線列車衝突事故」の解説

1992年平成4年6月2日列車脱線事故事故現場。まだ建物内車両一部残っている(1992年6月6日撮影切断の上除去され事故車両1992年6月6日撮影関東鉄道常総線取手駅構内において、入線してきた同駅終着新守谷発)上り列車キハ300形気動車2両とキハ800形気動車2両の4両編成乗客900名)が減速せずに暴走車止め突破しそのまま駅ビルボックスヒル取手店(現・アトレ取手)の2階の壁を突き破り先頭車両が同店舗突入して大破した乗客1名が死亡した列車の駅進入前に運転士が窓から飛び降りて脱出し(『朝日新聞1992年6月3日朝刊)、250名以上が重軽傷負った飛び降りた運転士行動に関して賛否両論の声があった。また死亡した乗客遺族弔問訪れた関東鉄道役員遺族門前払い喰らう場面当時ワイドショー繰り返し報道された。運転士は、ブレーキが効かなくなったことを車内放送伝えて乗客後方移動するように指示したが、朝のラッシュ時混雑した車内での移動は困難を極め車内パニックとなり、網棚上りだした乗客もいたという。 原因ブレーキ故障であるとされている。非常ブレーキも一駅手前の西取手駅作動させた後に、発車しようとしたところ、ブレーキが緩まなくなり運転士ブレーキ締め切りコック閉めてブレーキ緩め元に戻さず発車してしまい、常用・非常の両系統のブレーキ作動しなかった。 後になって判明したが、西取手駅ブレーキ緩解となり、運転士は異常時取扱として保安ブレーキ締切コックを閉とした。その際車掌扱った車掌弁を復位していなかったため常用自動空気ブレーキ系統も、保安ブレーキ系統圧縮空気保安ブレーキ締切コックの側穴から外部排気されしまって、ブレーキシリンダーに空気供給されず、ブレーキ装置動作しない状態だった。遠因としては制動装置点検中の運転士に対して乗客運行再開強硬に迫ったことも挙げられる。なお、事故起こしたキハ300形は、国鉄中古車両(キハ35系)を購入して使用していたものであるが、経年劣化酷くメンテナンス行っていたものの、この事故車両に関してブレーキ緩解が時々あったという。しかし当時の同線は急激な乗客増加という環境もあり、修理しながらラッシュ時間帯を中心によく使われていた。さらに関東鉄道常総線勾配極めて少な線区最大が本事故発生箇所にあたる西取手 - 取手間で3 ‰だった)であった事故以降同社キハ2100形をはじめとした新製車両随時投入しキハ300形運用2011年終了した

※この「関東鉄道常総線列車衝突事故」の解説は、「日本の鉄道事故 (1950年から1999年)」の解説の一部です。
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