軍事用気球(偵察用気球、着弾観測気球、阻害気球など)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 00:35 UTC 版)
「気球」の記事における「軍事用気球(偵察用気球、着弾観測気球、阻害気球など)」の解説
気球はかつて盛んに軍事利用された。 観測気球 初期のもっとも一般的な軍事用途は、高所から敵情を観測する偵察用や、大砲の砲弾が目標物に当たったか、どの程度はずれたか、上空から観察する弾着観測用であった。航空機がなかった19世紀後半や、20世紀初期の戦争でも気球は盛んに観測や偵察に利用された。洋上で運用する気球母艦もかつて存在した。 対気球用兵器として砲や重機関銃が利用されたが、当時の火砲の性能では相手から目視できる位置で発射する必要があり、車両に搭載するなどして素早く移動できるようになっていた。アメリカで開発された大口径機関銃として著名なブローニングM2重機関銃は、開発の祖を辿れば対気球用兵器としても開発されていたものである。 航空機が登場すると有人観測気球は敵戦闘機の格好の目標となる。特に第一次世界大戦では青いアンリオ HD.1で35の観測気球を撃墜し「青い悪魔」と呼ばれたベルギー陸軍航空隊のウィリー・コッペンなど77人もの「バルーンバスター(気球エース)」が誕生し、ル・プリエールロケットなどの専用兵器も現れ、気球の被害が増加し廃れていった。任務は弾着観測機や偵察機にとって代わられるようになった。 阻塞気球 詳細は「阻塞気球」を参照 第二次世界大戦頃まで使用された航空機妨害用の係留気球。爆撃隊の予想進路上に多数配置して攻撃を阻害する。水素ガスを入れて引火し易いようになっており(これは気嚢破壊の際に、襲撃機を爆発に巻き込んで墜落させるためである)、ナチドイツ空軍は対気球用に機首へワイヤーカッターを装備した爆撃機さえ投入している。英本土航空戦(バトル・オブ・ブリテン)のロンドン上空や、ノルマンディー上陸作戦時の船団護衛に使用された事で有名である。阻塞気球は航空機の進入が低高度であった頃は有効だったが、後に爆撃高度が成層圏に至るまでになると意味を成さなくなった。 旧日本軍の気球部隊 旧日本陸軍は太平洋戦争終結まで気球部隊を持ち、運用していた。詳細は気球連隊参照。 気球爆弾 詳細は「風船爆弾」を参照 爆弾を下げて敵に損害を与えたり不安を与える目的で放たれる気球。1849年7月、オーストリア軍がイタリアのヴェネツィアに対して気球からの爆撃を試みた(「1840年代の航空」を参照)。また、太平洋戦争で日本軍は無人気球に爆弾を搭載して飛ばし、一部はアメリカ合衆国本土に到達した。この爆弾で数名の民間人が死傷した記録がある。
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