議会論争に見る反チャーティズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 08:18 UTC 版)
「チャーティズム」の記事における「議会論争に見る反チャーティズム」の解説
一方、新進気鋭の若きトーリー議員ディズレーリは請願に反対票を投じたが、チャーティストに同情的な演説をおこなった。「この半年労働大衆は国富の増進に汗していたが、議員たちは民衆のために何をしただろうか」と述べ、政治の無策と労働者救済の必要を説いていた。この立場はトーリー・デモクラシーへと成長していく。 「ベンジャミン・ディズレーリ」も参照 しかし、権利の平等を説いた進歩的な思想と社会を作り替えるという壮大な理想が皮肉なことにチャーティスト運動の落とし穴になっていた。『ノーザン・スター』紙が「社会主義とチャーティズムとは同一の目的を追求するもので、ただその方法が異なるだけだ。」と言及したことも、「資本制生産様式の廃止」をほのめかすものと受け止められて資本家の恐怖心を煽り、なによりも「正当な一日に対する正当な賃金」を優先させる労働組合との軋轢につながったと考えられる。 トマス・マコーリーはチャーティストについてこう語っている。 「わたくしは普通選挙に反対する。普通選挙は政府の存在に致命的であること、それは文明の存在とは相容れないことを私は信ずる。わたくしは文明が財産の確保に依存するものと思う。財産が確保されない間は、国がいかに立派な土地あるいは道徳的および知識的要素をもっていても、その国は野蛮に退歩せざるをせざるをえない。反対に、財産が確保されれば、国は繁栄に進むことを妨げられることはない。請願書は至上権を要求する。資本と蓄積された財産とは絶対に労働に基礎たるべきものである。その成り行きは火を明らかである。このような財産の没収および富者からの財産の奪取は悲惨を生み出すであろう。そして悲惨は奪取に対する欲望を強化するであろう。」 マックス・ベアによる解説によれば、マコーリーの見解とは「私有財産はすべての文明、すべての進歩の基礎である。それは確かに貧困を含んでいる。しかしこれは必要悪で、文明の恩恵によって充分償わなれるものである。私有財産の廃止はひどく弊害を増大させ、文明の利益を破壊する。共産主義は悲惨にくわえて野蛮である。このような状態のもとで教養ある進歩的な政治家が普通選挙に賛成の投票することをどうして期待できようか」と反駁を加えたもので、私有財産制度に敵対するチャーティスト運動に対する強烈な敵意を表明している。これは一九世紀中期の自由主義者の典型的な見解だが、私有財産制度が資本主義社会の根本なのだから、反チャーティズムが庶民院における大勢を占めるのは自明のことだった。 「トマス・マコーリー」も参照 チャーティストも自由党(ホイッグ党)を敵視していた。チャーティストにとっての敵とは反動主義の代名詞で「ピータールー虐殺者」であった保守党ではなく、むしろ地元の工場や職場の雇用主が支持している自由党であって、自由党を「社会正義の裏切り者」、「金持ち贔屓の抑圧者」として見なしていた。したがって、チャーティストは保守党の理解と協力を期待する傾向が有り、保守党も自由主義への嫌悪感からチャーティストに同情的だったのである。 「ピータールーの虐殺」も参照
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