紙の起源である麻紙とその展開
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/13 16:43 UTC 版)
「麻紙」の記事における「紙の起源である麻紙とその展開」の解説
中国にて、起源前千数百年前に、文字の原型ができると、亀の甲羅、動物の骨が使われ、後に石、陶器などに書き、次第に、木簡・竹簡やその同時代に大半は帛書(はくしょ)に書いた。 紙の起源としては、『後漢書』の記載では、(後漢の)蔡倫(さいりん)が105年(後漢の元興元年)に和帝に紙を献上したとあるため、これが一般に起源とされてきた。しかし、『漢書』(前漢書)には、既に「前漢に紙がある」と記されており、遺跡から出土した麻紙の存在は、蔡倫よりも起源をさかのぼらせている。 麻(大麻)は中国で古くから用いられ、紀元前1000年には帽子の生地などに使われた。陝西省にて出土した灞橋紙(はきょうし)は、紀元前140年-87年頃のもので、同時に出土した貨幣から紀元前118年以前と推定され、主要な原料が大麻で、少量の苧麻を含む植物繊維だと断定されている。前漢宣帝(紀元前73年-49年)の頃のものとされる麻紙は、中国にてロブ・ノール紙(1933年出土、新疆省)、金関紙(1973-74年出土、甘粛省)、中顔紙(1978年出土、陝西省)であり、原料は麻(大麻)とされる。蔡倫より、さらに100年古いとみられる西漢時代の文字が記載された麻紙も2006年に同定されている。 こうした証拠によって、蔡倫は、楮を加えることで麻紙を改良したとも考えられるようになった。この麻紙は蔡候紙と呼ばれた。蔡倫は、樹皮のほか、麻頭(まとう、麻くず)、敝布(へいふ、ぼろ)、漁網を原料として麻紙を作ったが、この後ろ3つは麻が原料である。麻頭は生の原料であるが、主となったのは他の麻原料2種であり、生の麻の繊維を処理するより、ぼろとなった繊維を原料とした。以前の前漢時代には、蒸煮が行われていなかったが、蔡倫は紙を改良し、蒸煮を発見したため樹皮や生の麻を処理できるようになったと、紙を再現してみた中国の研究者は述べている。 唐代には、重要な文書は黄蘗色(きはだ-)に染めた黄麻紙に書くことを定められた。唐代に至る約千年前後は麻紙が最も多く使われた。南宋(なんそう、1127年 - 1279年)の時代に入り、綿花の栽培が盛んとなった結果、麻の織物の原料である麻の栽培が減少し、このことが麻紙を減少させていった。楮紙や竹紙など抄造が簡便な紙が用いられるようになった。 また、西方への製紙技術の伝搬は、751年か、他の説では757年にはサマルカンドで紙を作るようになり、793年にはバグダッドに製紙工場をつくり、紙の普及の結果イスラム圏の学術は急速に発展した。エジプトで発見された8世紀から10世紀のアラビア語の写本はすべて麻紙で、原料はぼろ布であり、中国の製紙を受け継いだものであった。
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