第3回の翻訳とは? わかりやすく解説

第3回の翻訳 (新々訳)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 10:27 UTC 版)

谷崎潤一郎訳源氏物語」の記事における「第3回の翻訳 (新々訳)」の解説

3度目翻訳は、1964年昭和39年)から1965年昭和40年)に『潤一郎新々訳 源氏物語』全10巻別巻1として刊行された。この翻訳は「新々訳」「11巻本」などと呼ばれている。 新々訳は、新字新仮名遣い統一して名作収録する、全80からなる中央公論社版「日本の文学シリーズ一つとして発刊された「日本の文学23谷崎潤一郎(一)」が大変好評であったために、谷崎『源氏物語』新字新仮名遣い改稿して出版したのである。 新々訳の作業には、谷崎自身はあまり関わってはいなかったとされる当初谷崎は、問題点洗い出しなどの準備作業中央公論社社員が行うように求めたが、当時中央公論社では時間的能力的に困難であり、結局それらの作業当時東京大学『源氏物語』講じていた秋山虔およびその指導にあった助手大学院生たち若手学者グループによって行われることとなった。新々訳については、当時すでに死去していた山田孝雄は関わっていないため、旧訳と新訳にあった校閲 山田孝雄」の表記はなく、谷崎の名前のみがクレジットされている。また、玉上らの京都大学グループ作業には関わってはおらず新訳時に谷崎口述筆記務めた伊吹和子中央公論社編集部員として本作業に関わっている。 新々訳の第9巻以降は、谷崎没後発売となった中央公論社では、谷崎死去の際「新々訳源氏物語原稿はすべて完成しており、未刊の巻についても概ね予定通り刊行される。」旨広告している。また谷崎葬儀の際には、発売予定であった第9巻を特に一部前倒しして作成し伊吹谷崎納めている。 配本と巻立 第1 1964年昭和39年11月25日桐壺より若紫まで 巻2 1965年昭和40年1月20日末摘花より花散里まで 巻3 1965年昭和40年2月20日須磨より松風まで 巻4 1965年昭和40年3月20日薄雲より胡蝶まで 巻5 1965年昭和40年4月20日より藤裏葉まで 巻6 1965年昭和40年5月20日若菜上下 巻7 1965年昭和40年6月20日柏木より匂宮まで 巻8 1965年昭和40年7月20日紅梅より総角まで 巻9 1965年昭和40年8月20日早蕨より夢浮橋まで 巻11 1965年昭和40年10月20日凡例隆能源氏物語絵巻、年立図表人物略説人名名寄主要人物官位年齢一覧

※この「第3回の翻訳 (新々訳)」の解説は、「谷崎潤一郎訳源氏物語」の解説の一部です。
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