第3の哨戒 1944年5月 - 7月とは? わかりやすく解説

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第3の哨戒 1944年5月 - 7月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/28 22:17 UTC 版)

レッドフィン (潜水艦)」の記事における「第3の哨戒 1944年5月 - 7月」の解説

5月26日、レッドフィンは3回目の哨戒セレベス海およびスールー海方面向かった6月8日、レッドフィンはシブツ海峡フィリピン人ゲリラ揚陸させた。その後タウィタウィ集結していた日本艦隊対す監視実施するよう命令受けた。その最中6月11日未明、レッドフィンは北緯0600東経12050分 / 北緯6.000度 東経120.833度 / 6.000; 120.833の地点特設運送船給油あさなぎ丸日本海運、5,141トン)を発見魚雷を6本発射して最初魚雷命中させ撃沈した6月13日、レッドフィンは当時アメリカ軍進めつつあったマリアナ諸島攻撃にかかわる重要な発見をした。この日、マリアナ諸島向けて第一機動艦隊小沢治三郎中将)がタウィタウィ出撃し、レッドフィンは9時ごろに北緯0504東経11940分 / 北緯5.067度 東経119.667度 / 5.067; 119.667の地点第一機動艦隊出撃目撃したその内訳は、「空母6隻、戦艦4隻、重巡洋艦5隻、夕張型軽巡洋艦」1隻、駆逐艦2隻」であった。レッドフィンは攻撃機会こそ得られなかったが、反撃様子がないと見るや浮上して司令部日本艦隊出撃報告行った報告後は通常の哨戒任務戻り6月21日には北緯0953東経12514分 / 北緯9.883度 東経125.233度 / 9.883; 125.233のリマサワ島(英語版近海で2隻の「7,000トンないし8,000トン輸送船」と「掃海艇」を発見し魚雷を4本発射したものの効果はなかった。6月24日朝、レッドフィンは北緯0956東経12506分 / 北緯9.933度 東経125.100度 / 9.933; 125.100の地点で2隻の輸送船発見し魚雷3本発射魚雷陸軍輸送船阿蘇丸(東亜海運、3,028トン)に命中してこれを撃沈した。レッドフィンはもう1隻の目標に対して魚雷を4本発射し、1本が命中した判定された。7月1日、レッドフィンは47日間行動終えてフリーマントル帰投した。

※この「第3の哨戒 1944年5月 - 7月」の解説は、「レッドフィン (潜水艦)」の解説の一部です。
「第3の哨戒 1944年5月 - 7月」を含む「レッドフィン (潜水艦)」の記事については、「レッドフィン (潜水艦)」の概要を参照ください。

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