第3の哨戒 1944年1月 - 2月
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「シーホース (潜水艦)」の記事における「第3の哨戒 1944年1月 - 2月」の解説
1944年1月6日、シーホースは3回目の哨戒でパラオ諸島方面に向かった。1月16日、シーホースは北緯12度48分 東経150度18分 / 北緯12.800度 東経150.300度 / 12.800; 150.300のマリアナ諸島近海で、4隻の護衛艦をかわした後に日光丸(大洋興業、784トン)に向けて魚雷を発射し、3本命中させて撃沈した。その後、シーホースはパラオの南東海域に下り哨戒した。1月21日、シーホースは北緯03度25分 東経137度06分 / 北緯3.417度 東経137.100度 / 3.417; 137.100の地点で、折からの悪天候をついてホーランジアに向かう輸送船団を発見した。シーホースは日が暮れてから攻撃し、生駒丸(日本郵船、3,156トン)とやすくに丸(浜根汽船、3,025トン)を撃沈した。この輸送船団には撃沈された2隻以外に輸送船はなく、護衛艦を残して船団は消滅した。その後も周辺海域で哨戒を続け、1月28日にもラバウル行きの ン805船団を発見した。シーホースは護衛艦と上空の航空機の妨害を排除しつつ80時間に及ぶ追跡の末、1月31日未明になって東晃丸(岡田商船、2,747トン)に向けて魚雷を3本発射。うち2本が命中してこれを撃沈した。シーホースはなおも ン805船団を追跡し、翌2月1日にも攻撃。別の目標に魚雷を発射したが、これは命中しなかった。続いて藤影丸(山本汽船、4,004トン)に向けて最後に残った2本の魚雷を発射した後、深深度潜航で護衛艦の反撃から逃れた。魚雷は藤影丸に命中して撃沈し、攻撃終了後にシーホースは浮上して戦果を確認した。2月16日、シーホースは41日間の行動を終えて真珠湾に帰投した。
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