第三部 悲願熱涙編
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 16:09 UTC 版)
日本へ帰ってきた倍達は結婚するが、ほどなく新築の邸宅は詐欺に遭って失う。貧乏の中倍達はプロ柔道の興行を見物し、主宰していた木村政彦と出会う。その木村は力道山の誘いでプロレスに転向するが、負け役ばかりをやらされる事に不満を募らせた事で力道山と決裂、真剣勝負を行う事になり倍達から空手も教わる。しかし試合は力道山の突然の八百長破りにより木村は敗北。激怒した倍達は力道山を付け狙うが、ようやく対峙した力道山は成功した事で「金持ちけんかせず」のような姿となっていた事に失望し、闘わずに去る。心の空しさを埋めるように近所の子供たちの希望で空手を教えるようになった倍達は、自身の空手を次の世代に伝えて行く事に生きがいを見出し、「大山道場」が産声を上げる。その後倍達は、初期の弟子達が指導も出来るようになった事から自身は再び海外へと目を向け、タイ式ボクシング(ムエタイ)の王者ブラックコブラとの試合を皮切りに、フランスでサファーデ王ボーモン、地下プロレスの帝王ロゴスキーと死闘、その合間に欧州初めての支部を作る事になる。日本へ帰る前に香港へ立ち寄った倍達は、香港拳法界の重鎮「陳老人」と出会うが、倍達の「直線的」な動きは陳の「円の動き」に翻弄され、生涯で唯一の敗北を味わい、陳の薦めもあってしばらく滞在し、円の動きを会得する事に成功する。日本に帰ってきた倍達は、海外へ指導員を送る為の人選や教育も進めるが、人格面で問題を抱える弟子達が多く、彼らを再教育するのに苦心する。倍達が執筆した「WHAT IS KARATE」を読んで空手を志し、ついに日本の大山道場で直接空手を学ぶために来日する外国人達も急増。いつしか道場内が国際色豊かになった事に感慨を覚えながらも、倍達は「人間、こういう時にとかく自分を偉く飾りつけ、神棚に乗りたがる」と気を引き締め、「大山倍達は絶対に神棚には乗らない」「いつまでも牛を倒せる力を維持してやる」「実戦の道だ。死ぬ時は戦う男として死ぬ道だ」として「剣禅一如」ならぬ「拳禅一如」を誓うのであった。 ここで物語は一区切りされ、つのだじろうは作画から降板した。以降は影丸譲也が作画担当になり、改めて第一話のような雰囲気で再スタートとなる。
※この「第三部 悲願熱涙編」の解説は、「空手バカ一代」の解説の一部です。
「第三部 悲願熱涙編」を含む「空手バカ一代」の記事については、「空手バカ一代」の概要を参照ください。
- 第三部 悲願熱涙編のページへのリンク