盛岡以北のルート選定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 14:04 UTC 版)
全幹法の制定から盛岡以北の整備計画決定までの間、青森県内では、八戸市を経由する実際に建設された「東周りルート」と秋田県大館市、青森県弘前市付近を経由する「西周りルート」をめぐって激しい誘致合戦が繰り広げられた。東周りルートでは、八戸市など南部地方の自治体が岩手県と連携して「東北新幹線太平洋周り誘致期成同盟会」を、西周りルートでは弘前市など津軽地方の自治体が秋田県と連携して「東北新幹線秋田・津軽ルート誘致促進期成会」をそれぞれ結成しそれぞれのルートの優位性を主張したため、政治的課題に発展した。 1972年(昭和47年)6月に、新たに4路線の基本計画が決定され、7月3日に昭和47年告示第242号によって東北新幹線(東京都 - 青森市)に基本計画が改正された。この基本計画において東北新幹線は東京都を起点に「宇都宮市附近、仙台市附近、盛岡市」を主要な経過地として青森市を終点とすることが示された。これにより、国鉄に対してルート調査の指示が出され、整備計画決定に向けてルート問題の解決が急がれた。最終的に青森県は「東北新幹線と日本海沿岸新幹線の2線について、本県内の実現を期するとともに、両線の同時完成を目標にその建設促進にあたる」とする旨の調停案を作成し、県内の意見統一が図られた。 翌年の1973年(昭和48年)11月には北海道新幹線(青森市 - 札幌市)、東北新幹線(盛岡市 - 青森市)、北陸新幹線(東京都 - 大阪市)、九州新幹線(福岡市 - 鹿児島市)、九州新幹線(福岡市 - 長崎市)の5路線(いわゆる整備新幹線)の整備計画が決定された。東北新幹線は最高設計速度260 km/h、主要な経過地として「八戸市附近」が示され、建設主体は日本国有鉄道とされた。 青森市内の駅については、青森駅併設、ヤード地区(現 青い森セントラルパーク)、石江地区(現 新青森駅)の3案が国鉄側から示され、青森駅併設を求める青森市との議論の末、最終的に石江地区への建設が決まった。 詳細は「新青森駅」を参照
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