清水次郎長 (講談)とは? わかりやすく解説

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清水次郎長 (講談)

(清水次郎長伝 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/04 14:21 UTC 版)

清水次郎長』(しみずのじろちょう)、または『清水次郎長伝』(しみずのじろちょうでん)、『次郎長伝』(じろちょうでん)[1]は、清水次郎長を主人公とする講談および浪曲の演目。本項目では清水次郎長を題材とする映画・テレビドラマ・歌謡曲等についても記述する。


  1. ^ 志水[2003], p.218-219.
  2. ^ 榊原[1986], p.58.
  3. ^ さこみちよの曲「昭和のラジオ」の歌詞に虎造が登場する。
  4. ^ a b 森[1980], p.431.
  5. ^ a b 清水次郎長の二十八人衆を知りたい、国立国会図書館、2015年8月11日閲覧。
  6. ^ a b 藤田[1983], p.400.
  7. ^ 由緒と末寺臨済宗妙心寺派瑞龍山法雲寺、2015年8月11日閲覧。
  8. ^ 増田[1974], p.43.
  9. ^ 神田伯山、コトバンク、2015年8月11日閲覧。
  10. ^ a b c d 志水 2002, pp. 218–219.
  11. ^ [復刻]安藤鶴夫作品集Ⅳ創作1 p.13
  12. ^ 「寄席雲右衛門といわれ、ドンドン節で東京の八丁荒らしといわれた三河家円車とは」『浪曲旅芸人』p.247
  13. ^ 山本[1884], p.134.
  14. ^ おもな講談の演目コトバンク、2015年8月11日閲覧。
  15. ^ a b c 増田[1972], p.82, 97.
  16. ^ a b c 日本映画情報システム 検索結果、文化庁、2015年8月11日閲覧。
  17. ^ 清水の次郎長 - 文化庁日本映画情報システム、2015年8月11日閲覧。
  18. ^ a b 神田伯山 - 文化庁日本映画情報システム、2015年8月11日閲覧。
  19. ^ a b 神田伯山 - 日本映画データベース、2015年8月11日閲覧。
  20. ^ 村上[1977], p.213-215.
  21. ^ a b c 足立[1967], p.209.
  22. ^ 今川[1971], p.163.
  23. ^ 清水次郎長(1924年)、国立国会図書館、2015年8月11日閲覧。
  24. ^ 神田今村[1924], p.232-234.
  25. ^ 『●人物探訪●日本の歴史10 任侠の群像』p.61
  26. ^ 日本芸能年表下p.76
  27. ^ 明治30年代が大阪に於ける講談本のピーク。東京はその前。出典:真鍋2017 p.63
  28. ^ a b c 清水次郎長+神田伯山国立国会図書館、2015年8月11日閲覧。
  29. ^ 玉川+勝太郎(初代)、コトバンク、2015年8月11日閲覧。
  30. ^ 伯山が勝太郎の次郎長を釈台の前から勧めた逸話も残っている
  31. ^ 真鍋昌賢『浪花節 流動する語り芸』せりか書房、2017年3月。p.126
  32. ^ 桂米朝『米朝よもやま話』「講釈師追いかけ回した虎造 」p.108-109
  33. ^ 安野[1989], p.128.
  34. ^ 唯1999p.306
  35. ^ 唯1999 p.64
  36. ^ 二代目玉川勝太郎はライバル広沢虎造がトリを務めるその目の前で十八番の「石松三十石船」を演ったことがあるという。真鍋昌賢『浪花節』p.126
  37. ^ 古くから流行した俚諺(ことわざ)で、この文句を旅役者が話していたのを虎造が使ったという 唯p.307
  38. ^ 「廣澤虎造の浪花節『清水次郎長伝』の一節、次郎長の乾分(こぶん)大政、小政、大瀬の半五郎・・・・・・と数あるなかでもっとも大衆に愛された、喧嘩に強くて情け(なさけ)に弱い、オッチョコチョイだが、めっぽう人がいい森の石松、〽遠州(えんしゅう)森の石松は素面(しらふ)の時はいいけれど、酒を呑んだら虎狼(とらおおかみ)よ、馬鹿は死ななきゃァ直らない--。 当て節(あてぶし)というメロディーにのせたこのキャッチ・フレーズはむやみとウケた。昭和12年がその誕生だそうだから非常に寿命が長い流行語だ。」鴨下p.16
  39. ^ 「『この死ななきゃァ直らない』に侮蔑の要素を感じるとすれば、それは当時のぼくたちの使用実感とはちがう。小さなミスは『馬鹿は死ななきゃァ直らないなあ』とこう言われればそれで帳消し(ちょうけし)になった。ミスをして仲間外れになりそうな人間をもう一度仲間に引き戻す作用を持つ言葉がこれだった。『馬鹿!馬鹿野郎!』はこうした機能のコミュニケーション言語だったのだ。」鴨下p.16
  40. ^ エーピーピーカンパニー『江戸東京芸能地図大鑑』(マルチメディアCD-ROM)付属冊子p.23
  41. ^ 森の石松はどのように創られたか田村貞雄、『次郎長』第27号、次郎長翁を知る会、2015年8月11日閲覧。
  42. ^ 稲田和浩『浪曲論』p.97
  43. ^ 完全版は虎造の名がクレジットされた『ご存じ清水次郎伝 』ISBN 4584188580にて確認可能
  44. ^ 唯1999p.64
  45. ^ 村松p.21-22
  46. ^ 1952年3月、世論科学協会、ラジオ東京対象 唯1999p.218 なお同日のNHK「放送演芸会 夢声百話」は別調査で35%を記録する
  47. ^ 実子で虎造節保存会の元NHK・TBSアナウンサー山田二郎がたびたび証言
  48. ^ a b 唯p.306
  49. ^ 『朝日放送の50年 III 資料集』p.91
  50. ^ 吉田奈良丸#3代目も同様に原作クレジットがあり、著作性の判断には留保が付く状況での「原作」クレジットである。特に注意が必要
  51. ^ 所蔵映画フィルム検索システム 検索結果、東京国立近代美術館フィルムセンター、2015年8月11日閲覧。
  52. ^ フィルムリスト 検索結果、デジタル・ミーム、2015年8月11日閲覧。
  53. ^ 村松友視『清水みなとの名物は』p.21


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