東京経済大学助教授時代
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1995年(平成7年)、東京経済大学に新設されたコミュニケーション学部の助教授に就任。1996年(平成8年)には学内資金を得て、研究室内にサーバ「camp」を設けるとともに、研究室サイトの運営・公開を始める(節「研究室サイト」も参照)。2000年(平成12年)度には園田茂人や山本真鳥も参加する「社会学・文化人類学におけるフィールドワーク教育のためのマルチメディア教材の開発」に加わった。 2001年(平成13年)にはオーストラリアのマッコーリー大学現代音楽研究センターで客員研究員を務める。2002年度から3年間、山本健兒が研究代表者を務める科研費研究「グローバリゼーションとEU統合への文化的対応に関するEU主要都市比較研究」に、竹内啓一とともに研究分担者として参加。また、2004年(平成16年)11月から2006年(平成18年)12月の間、日本ポピュラー音楽学会の会長、および国際ポピュラー音楽学会(英語版)(IASPM)の日本支部代表に就任している。 一方で、2004年4月から2006年3月には独立行政法人大学入試センター教科科目第一委員会委員(地理)を、2005年(平成17年)4月から2008年(平成20年)3月には文部科学省教科用図書検定調査審議会専門委員(音楽)も務めている。2006年度には、戸所隆が代表者を務める「地域調査士の創設と地理学の社会貢献に関する広報強化を目指した企画調査」の科研費研究で分担者を務める。
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