旧ウォンとは? わかりやすく解説

旧ウォン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 03:39 UTC 版)

大韓民国ウォン」の記事における「旧ウォン」の解説

大韓民国ウォン固定相場日付旧ウォン/USD円/USD(参考)1945年08月0015 (15) 1947年07月15日 50 (50) 1948年10月01450 (270) 1949年06月14日政府間取引以外) 900 (360) 1950年05月011800 (360) 1950年11月012500 (360) 1951年04016000 (360) 第二次世界大戦終わった1945年朝鮮銀行解体し朝鮮半島にあった大日本帝国資産は、米ソ軍政府接収され、後に南の韓国銀行と北の朝鮮中央銀行引き渡された。 アメリカ軍接収され南側朝鮮銀行は、1950年韓国銀行設立されるまでの間、日本統治下引き続いて最初南朝鮮ウォン(圓、won)を発行したウォンの下には補助単位としてチョン(錢、chon)が置かれ、1ウォン100チョンだった。 1945年8月時点では1ウォン1円固定されていたが、1945年10月15ウォン=1米ドルとなり、以後戦後インフレーション進行とともに切り下げ進んだ朝鮮戦争中の1951年4月1日には、ついに1ドル=6,000ウォンとなった。 この時期当初朝鮮銀行大蔵省印刷局製造ウォン紙幣のみの発行継続し硬貨日本統治下通用していた一銭硬貨使われていた。1946年発行朝鮮書籍印刷株式会社印刷による10ウォンおよび100ウォン紙幣は、日本統治時代の朝鮮銀行券類似したデザインであったが、日本象徴する桐紋代わりムクゲの花に上部紋章変更された。 1949年発行の5ウォンおよび10ウォン紙幣は、寿老人肖像代わり独立門図案となった。このとき同時に5、1050チョンなどの小額紙幣発行された。1950年には大韓民国中央銀行として韓国銀行発足したが、直後勃発した朝鮮戦争ソウル占領した北朝鮮軍は、予備として保管してあった1000ウォン紙幣100ウォン紙幣使用し大量に流出させた。韓国新たに日本印刷庁製造され韓国銀行1000ウォン100ウォン紙幣発行し記号により正規発行されたものと確認できる朝鮮銀行券と交換した第1次緊急通貨措置)。51年10月韓国造幣公社設立され紙幣国内製造再開された。 韓国銀行画像額幅(mm)色柄日時印刷表裏表裏発行終了 100 158 × 78 光化門1950年7月22日 1953年2月17日 印刷庁 500 145 × 61李承晩 タプコル公園 1952年10月10日 韓国造幣公社 1000 171 × 78 緑 額 1950年7月22日 印刷庁 145 × 61タプコル公園 1952年10月10日 韓国造幣公社

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