平安道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/13 06:23 UTC 版)
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位置 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 평안도 |
漢字: | 平安道 |
日本語読み仮名: | へいあんどう |
片仮名転写: | ピョンアンド |
英語表記: | Pyeongan Province |
統計 | |
行政 | |
国: | ![]() |
平安道(へいあんどう、평안도、ピョンアンド)は、李氏朝鮮の行政区分・朝鮮八道の一つ。主要都市の平壌と安州から取って名付けられている。高麗時代から李氏朝鮮初期には西北面と呼ばれており、太宗13年(1413年)に平安道と改名された。1896年に平安北道と平安南道に分割された。東を咸鏡道と接し、南を黄海道と接し、西は黄海に面し、北は中国と国境を接していた。
道の中心は平壌にあり、平壌府が置かれた。
「経国大典」による道内地方区分
府(長官:府尹)
- 平壌府
大都護府(長官:大都護府使)
- 寧辺大都護府
牧(長官:牧使)
- 安州牧、定州牧、義州牧
都護府(長官:都護府使)
- 江界都護府、昌城都護府、成川都護府、朔州都護府、粛川都護府、亀城都護府
郡(長官:郡守)
- 中和郡、祥原郡、徳川郡、价川郡、慈山郡、嘉山郡、宣川郡、郭山郡、鉄山郡、龍川郡、順川郡、熙川郡、理山郡、碧潼郡、雲山郡、博川郡、渭原郡、寧遠郡
県(長官:県令)
- 龍岡県、三和県、咸従県、永柔県、甑山県、三登県、順安県、江西県
県(長官:県監)
- 陽徳県、孟山県、泰川県、江東県、殷山県
出身有名人
関連項目
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平安道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 01:48 UTC 版)
麺類では、小麦の生産がさかんな南部でカルグクスが発展したのに対し、ソバやジャガイモの生産がさかんな北部では冷麺が発展した。ソバの実を使った麺を冷麺といい、ソバの殻を使った麺をマッククスという。北部の冷麺にも地方ごとにさまざまな特色があるが、とりわけ有名なものが平壌冷麺である。この平壌冷麺と開城湯飯そして全州ビビンバの3つが、李氏朝鮮時代の三大料理とされる。冷麺のスープには大同江の水が使われ、その水のおいしさが冷麺の味の秘訣とされる。冬に食べる冷麺の味が最高とされ、「以冷治冷(イネンチネン)」すなわち冷たさで寒さを治める食べ物とされた。1920年代にはすでに平壌市内に冷麺を売る店があり、麺だけ買って家でスープをかけて食べられることも多かった。韓国には、朝鮮戦争によって北側から南側に移り住んだ人々が冷麺店を次々に始めたため、急速に広まった。現在でも、韓国の冷麺店では郷土を懐かしむ北部訛りの人々が集まるという。平壌で最も有名な冷麺店は「玉流館」であり、料理人三百人、一日一万食を売るという大店舗である。脱北者によると「玉流館」で食事をするのは軍や党の幹部以外の一般庶民にとって容易ではなく、職場で食券の配給を受ける必要があったという。食券のない者は朝から当日券のために並ぶ必要があり、そのためのダフ屋もいた。1999年、「玉流館」がソウルに支店を出店して話題となったものの現在は閉店している。北朝鮮の味付けは淡白、薄味が好まれるとされ、この平壌冷麺も拍子抜けするほどあっさりしたスープの味が本物に近いという。玉流館で修行経験がある料理人が2000年に脱北し、現在、ソウルで玉流館レシピで作る平壌冷麺の店を経営している。
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