山椒魚_(小説)とは? わかりやすく解説

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山椒魚 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/22 17:23 UTC 版)

山椒魚」(さんしょううお)は、井伏鱒二の短編小説。成長しすぎて自分の棲家である岩屋から出られなくなってしまった山椒魚の悲嘆をユーモラスに描いた作品で、井伏の代表的な短編作品である。井伏の学生時代の習作「幽閉」(1923年)を改稿したもので、1929年、同人雑誌『文芸都市』5月号に初出、その後作品集『夜ふけと梅の花』に収録され、以降たびたび井伏の著作集の巻頭を飾り、国語教科書にも採用され広く親しまれている作品であったが、自選全集に収録する際に井伏自身によって結末部分が大幅に削除されたことで議論も呼んだ。


注釈

  1. ^ 筑摩版新全集[1]での「僕」を、井伏の「あれはミスプリントだから」の発言に基づき、「私」に校訂する[2]
  2. ^ a b 初出は『井伏鱒二集月報17』 新潮社、1970年1月(原題「わが文学の揺籃期)。なおこの文章では「山椒魚」を『三田文学』に発表したとしているが、井伏の記憶違い。
  3. ^ 松本鶴雄に「この作品ほど作者の手が加わった例は日本の近代小説史上類を見ない」との評がある[4]
  4. ^ 新潮社『日本文学全集 井伏鱒二集』(1953年)の無署名の年譜には「七編」、角川文庫『屋根の上のサワン 他8編』(1956年)の伊馬春部による解説(井伏鱒二からの聞き書き)では「五篇」とあり、一定しない[5]
  5. ^ 松本武夫「年譜-井伏鱒二」に記述がある[6]
  6. ^ 初稿のタイトルが何であったかについては諸説ある。関良一は、動物を題材としたこれらの寓話的短編群はもともとはそのタイトルに動物名を冠していたものであり、初稿のタイトルも「山椒魚」だったのではないかと推測している[7]。青木南八の親友であった最上孝敬は、早稲田大学在学中に青木が作っていた回覧雑誌『にいはり』に(たしか)「山椒魚の嘆き」というタイトルの井伏の作品が載っていた記憶があるとしており、和田利夫はこれがのちに『世紀』に載った「幽閉」のプロトタイプであろうとしている[8]
  7. ^ 「動物ばかり書いたのは何の影響かなあ。たぶん、その頃、絵でも詩でもそうだったが、シンボリズムが流行っていたので、それに竿さしたわけだったんだろうが、失敗だったな、いまから見ると固くてね-」(伴俊彦「井伏さんから聞いたこと」[11]
  8. ^ 初出は『井伏鱒二選集』第1巻(筑摩書房、1947年)。
  9. ^ 関良一は、蛙という「他者」(あるいは、井伏のもう一つの内面の声)の導入によって客観的な視点が生まれ、独白的だった「幽閉」が対話的・劇的な「山椒魚」に変貌したとしている[18]
  10. ^ 『読んでおきたい名著案内 教科書掲載作品13000』(阿武泉監修、日外アソシエーツ、2008年4月)によれば、「山椒魚」は1950年から2004年にかけて15社、58種の高校国語教科書で採用されている(同書74頁)。
  11. ^ 武田泰淳は、「それでは、もう駄目なやうか?」「もう駄目なやうだ」「お前は今どういふことを考へてゐるやうなのだらうか?」というふうに3つ続けられる「やう」に対して「性急な表面的断言を嫌って、底にこもった苦悩をひかえ目ににじみ出させる、触媒の作用を持たされている」と評し、この独特の言葉遣いに井伏の「偏愛」を見た[32]。河盛好蔵は同じ部分について「日本語の新しいシンタクスを作り出した」と評価している[33]
  12. ^ 「もちろん井伏さんの作品の、ぼくは愛読者である。しかし、最後のところで、これを変更する、それが物書きの良心なんていわれると、冗談じゃないといいたい。」「しかし、ぼくらはどうなるのですか。井伏さんがお書きになった「山椒魚」で、どれほどの人間が、人生というものについて考えたか、お判りですか。」(野坂昭如 「井伏鱒二小説『山椒魚』改変に異議あり」 [37]
  13. ^ 秋山駿は、旧来の「山椒魚」の末尾部分には、「幽閉」を「山椒魚」に改稿する際に切り捨てた私小説的な「僕」の残滓があり、またこの部分は文章がややぬるくなっているように思うと述べており、「山椒魚」が「新しい文体の創出」を行った作品であるという観点から新稿のほうを評価している[46]
  14. ^ 初出版では、賭を蹴った法学者が意見を翻してふたたび実業家のもとを訪れて金を無心する。その直前に大富豪と「200万ルーブルを蹴った男の美談」が本当かどうかで賭をしていた実業家は、そのことによって完全に破産してしまう。改稿版ではこのくだりを書いた第三章がまるごと削除されている[63]
  15. ^ ただし、「山椒魚」を「悟り」のモチーフと強く結びつけることを疑問視する意見もある。関谷一郎は「山椒魚」に「賭」の一応の残影を認めつつ、「山椒魚」は「悟り」のモチーフとはかけ離れたところで成立したとし、井伏鱒二という作家にあるのは「悟り」ではなく「他者との、あるいはもう一人の自己との葛藤」であるとする[71]。後述するように、「山椒魚」が「賭」から着想を得たということ自体を疑問視する声もある。
  16. ^ 井伏自身は婉曲な書き方をしているが、同性愛者であった片上が井伏に迫り、井伏がそれを拒否したためと考えられている[75]
  17. ^ 日本語訳は、西尾章二訳 『大人のための童話──シチェドリン選集第一巻』 (未来社、1980年)に「賢明なスナムグリ」の題で収録されている。
  18. ^ 「どんなロシア人でも「山椒魚」を読めば、「これはサルティコフの『賢いカマツカ』じゃないか!」と叫ぶことだろう」[81]

出典

  1. ^ a b 井伏 1996, p. 5.
  2. ^ a b c 佐藤 2001, p. 271.
  3. ^ a b 井伏鱒二「処女作まで」『井伏鱒二全集 第24巻』 24巻、筑摩書房〈井伏鱒二全集〉、1997年12月1日、519-522頁。ISBN 978-4480703545 
  4. ^ 松本鶴 2001, pp. 194–195.
  5. ^ 関 2001, pp. 24–25.
  6. ^ 秋山 2001, p. 282.
  7. ^ 関 2001, p. 32.
  8. ^ 佐藤 2001, pp. 265–266.
  9. ^ 関 2001, p. 24.
  10. ^ 羽鳥 2001, p. 346.
  11. ^ a b 伴俊彦 「井伏さんから聞いたこと」 『井伏鱒二全集』第9巻月報、筑摩書房、1964年11月
  12. ^ 「「井伏鱒二選集」後記」『太宰治全集11 随想』 11巻、筑摩書房〈太宰治全集〉、1999年3月23日、408-411頁。ISBN 978-4480710611 
  13. ^ 松本武 2001, pp. 363–364.
  14. ^ 井伏 1998, p. 73.
  15. ^ 井伏 1996, p. 375.
  16. ^ 関 2001, pp. 39–45.
  17. ^ 関 2001, p. 46.
  18. ^ 関 2001, pp. 46–49.
  19. ^ 佐藤 2001, p. 267.
  20. ^ 鈴木 2001, p. 175.
  21. ^ 上杉 2001, p. 231.
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  23. ^ 松本武 2001, pp. 364–367.
  24. ^ 前田 2001, pp. 197–199.
  25. ^ 前田 2001, pp. 203–211.
  26. ^ 前田 2001, pp. 197–198.
  27. ^ 前田 2001, pp. 212–213.
  28. ^ 松本鶴 2001, p. 183.
  29. ^ 井伏 1985, p. 16.
  30. ^ 井伏 1996, pp. 381–382.
  31. ^ 井伏 1985, p. 404覚え書
  32. ^ 武田 1970, p. 377.
  33. ^ 河盛好蔵 「作品論ノート」 『井伏鱒二随聞』 新潮社、1986年、209頁。初出:『新潮現代文学』第2巻、1979年6月
  34. ^ 川崎 2001, p. 214.
  35. ^ 田中 2001, p. 250.
  36. ^ 上杉 2001, pp. 231–233.
  37. ^ 野坂昭如 「窮鼠のたか跳び 112 井伏鱒二小説『山椒魚』改変に異議あり」 『週刊朝日』 1985年10月25日号、朝日新聞社、164-165頁。
  38. ^ 「『山椒魚』改変 噴き出す異議」 『朝日新聞』 1985年10月26日夕刊第5面。
  39. ^ 古林尚 「偏執狂めいた加筆訂正魔」 『週刊読書人』 1985年12月9日第1、2面。
  40. ^ 「天声人語」 『朝日新聞』 1985年10月10日第1面。
  41. ^ 河盛好蔵 「自選を終えて」 『井伏鱒二随聞』 新潮社、1986年7月、183頁。初出:『波』 1985年10月
  42. ^ 日置 2001, pp. 291–292.
  43. ^ 鈴木 2001, p. 169.
  44. ^ 松本鶴 2001, pp. 191–192.
  45. ^ 松本鶴 2001, pp. 193–194.
  46. ^ 秋山 2001, pp. 341–343.
  47. ^ 松本武 2001, pp. 369–370.
  48. ^ 佐藤 2001, pp. 281–282.
  49. ^ 佐藤 2001, p. 276.
  50. ^ 羽鳥 2001, p. 347.
  51. ^ 槇林 2001, p. 137.
  52. ^ a b 佐藤 2001, p. 270.
  53. ^ a b 関谷 2001, p. 162.
  54. ^ a b 槇林 2001, p. 134.
  55. ^ 関谷 2001, pp. 160–163.
  56. ^ a b 槇林 2001, pp. 135–136.
  57. ^ 槇林 2001, p. 135.
  58. ^ 槇林 2001, p. 136.
  59. ^ 川崎 2001, p. 215.
  60. ^ 「作家に聴く 井伏鱒二」 『文学』 1952年9月号、89頁。
  61. ^ 上杉 2001, p. 237.
  62. ^ 上杉 2001, p. 238.
  63. ^ 上杉 2001, pp. 238–239.
  64. ^ 川崎 2001, pp. 217–218.
  65. ^ 川崎 2001, pp. 218–219.
  66. ^ 太田 2001, p. 83.
  67. ^ 松本鶴 2001, pp. 192–193.
  68. ^ 川崎 2001, pp. 222–223.
  69. ^ 松本鶴 2001, pp. 188–189.
  70. ^ 川崎 2001, pp. 227–228.
  71. ^ 関谷 2001, pp. 164–165.
  72. ^ 井伏 1970, pp. 69–73.
  73. ^ 関 2001, pp. 29–30.
  74. ^ 槇林 2001, pp. 138–140.
  75. ^ 上杉 2001, p. 236.
  76. ^ 槇林 2001, pp. 140–141.
  77. ^ 上杉 2001, pp. 234–236.
  78. ^ 松本鶴 1988, pp. 137–138.
  79. ^ 羽鳥 2001, pp. 350–352.
  80. ^ 松本鶴 2001, p. 138.
  81. ^ チハルチシビリ 1993, pp. 297–298.
  82. ^ 猪瀬 2007, pp. 185–186.
  83. ^ 猪瀬 2007, p. 185.
  84. ^ チハルチシビリ 1993, p. 298.
  85. ^ 島田荘司 著「ふくやま文学館紹介」、全国文学館協議会 編『全国文学館ガイド』(増補改訂版)小学館、2013年1月、183頁。ISBN 978-4-0938-8278-1 


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