大韓民国空軍の軍服
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「軍服 (朝鮮半島)」の記事における「大韓民国空軍の軍服」の解説
正服の制定は1949年10月。制定当初は灰色のブレザーであったが、1952年3月改定で夏正服はシルバーグレー、冬正服は紺のブレザーとなった。何れも材質はウールであったが、1976年改正で冬正服はウールもしくは混紡、夏服は紺のテトロンもしくは混紡とされた。 略服(勤務服)は1949年10月制定された。紺のアイクジャケットで、アイク服とも呼称されていた。夏季にはネクタイを外して襟を上着の外に広げるといった、日本陸軍防暑衣のイチョウ襟(オープンカラー)のようなスタイルであったという。現在の様なネクタイの付いたシャツスタイルとなったのは1952年3月である。夏勤務服は将校は上下シルバーグレーのウールまたは混紡素材、下士卒はカーキ綿織 のノータイ半袖であったが、1975年7月以降シャツは水色、ズボンは紺になった。また、冬勤務服は1978年にネクタイが廃止されたが、2012年に復活した。 士官候補生の礼服は1955年に制定され、1963年11月改正で冬服夏服の区分をなくし、1974年に現在の形となった。将校礼服および晩餐服は1975年制定。 将校用外套は1952年制定当時、前合わせの内ボタンないしジッパー式の絨緞製オーバーコートであったが、1963年以降ダブルブレストのトレンチコートとなった。一方で下士卒向けには1962年に丈の短いダブルブレストのコートが制定され、1976年にジャンパーに変更された。しかし、警備員や駅員に誤認されるなど現場からはすこぶる不評であり、2012年よりコートに戻された。 冬正服の空軍中将 将官用制帽(空軍参謀総長鄭景斗大将、2017年6月25日) 迷彩服姿の空軍大将(成日煥(朝鮮語版)空軍参謀総長、2013年8月)。 ギャリソンキャップ姿の空軍中将(李旺根空軍作戦司令官、2016年9月)。 夏勤務服(2005年5月30日) 冬勤務服の将兵(2013年2月) 冬勤務服の上に将校用セーターを着用した少領(2013年2月) パイロットスーツを着用した第19戦闘航空団所属の少領(右)と大尉(左)(2012年9月) パイロットスーツの上に酸素マスク、ヘルメット、耐Gスーツ、救命胴衣などを着用した姿(F-15K体験搭乗時の具慈哲、2012年) 地上戦部隊の野戦服。階級は兵長。 ソウル空軍基地における地上戦部隊の空軍兵卒(2010年3月31日) 空軍憲兵(2014年5月) 空軍憲兵(2009年10月) 第6探索救助飛行戦隊(朝鮮語版)隊員(2012年2月15日) 空軍空挺統制司令部隊員(2011年4月25日) 空軍憲兵SWAT
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