国際軍団/維新軍時代とは? わかりやすく解説

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国際軍団/維新軍時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 01:52 UTC 版)

アニマル浜口」の記事における「国際軍団/維新軍時代」の解説

1981年9月23日新日本プロレス田園コロシアム大会国際プロレスエースだったラッシャー木村とともに来場。このときメインイベント前のリング上で新日本宣戦布告するはずのところ木村がいきなり「こんばんは」と挨拶ししらけた雰囲気なりかけ状況救ったのが浜口マイクアピールであった。 その年の10月新日本プロレスとの全軍対抗戦出場そのまま木村寺西と共に国際軍団」を組み新日参戦する国際時代とは一転ヒールとして新日ファンからの憎悪買ったなかでもアントニオ猪木1人旧国軍団3人(ラッシャー木村寺西勇アニマル浜口)の1対3変則マッチ今でも当時を知るプロレスファン語り草になっている試合ではフォール負け喫する猪木エネルギー消耗させ、五分渡り合った。そして主将であるラッシャー木村の勝ち(エプロン・カウントアウト)に貢献した。翌1983年再度の1対3変則マッチでは猪木からフェンスアウトで勝利したその後1983年には国際軍団から離脱長州力中心とする維新軍合流して新日正規軍対戦、同軍の副将格、そして長州参謀として大活躍した。なおこのときに始まる長州との交流立場違えてからも続き浜口引退時、長州は陰で声を上げて泣いたという。 浜口は後に「国際プロレス時代はまだだったが新日本プロレス開花した」「僕は自分プロレス人生で、国際軍団時代最高だった心の底から思います」と語っている。また当時エピソードとして、直接目撃したわけではないものの、猪木ある日アニマル浜口見習え! アイツ俺の弟子でもなければ新日選手でもない。それなのに、俺が持っているものをみんな盗みやがった」と飛ばしていたと聞き嬉しくなったと明かしている。

※この「国際軍団/維新軍時代」の解説は、「アニマル浜口」の解説の一部です。
「国際軍団/維新軍時代」を含む「アニマル浜口」の記事については、「アニマル浜口」の概要を参照ください。

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