兵庫早期開港要求とは? わかりやすく解説

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兵庫早期開港要求(1865年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 00:53 UTC 版)

幕末の砲艦外交」の記事における「兵庫早期開港要求(1865年)」の解説

詳細は「兵庫開港要求事件」を参照 下関戦争賠償幕府負担することとなった幕府300ドル支払うか、あるいは幕府四国納得する新たな提案実施することとなった英国の新公使ハリー・パークスは、この機に乗じて兵庫早期開港天皇からの勅許を得ることを計画したパークスは、他の3国の合意を得、連合艦隊兵庫派遣し長州征伐のため、将軍徳川家茂大坂滞在であった)、幕府圧力をかけることとした(賠償金を1/3にする代わり兵庫開港2年前倒しする案があった)。1865年11月1日慶応元年9月13日)、キング提督司令官とした英国4隻(プリンセス・ロイヤルレパード、ペラロス、バウンサー)、フランス3隻(グエリエール、デュプレクス、キャンシャン)、オランダ1隻(ズートマン)の合計8隻(米国今回軍艦派遣せず)からなる艦隊は、英仏公使乗せて横浜出港し11月4日9月16日)には兵庫港到着した幕府老中阿部正外および松前崇広派遣し11月11日9月23日)から三国公使との交渉を行わせた。途中、両老中解任などの紆余曲折経て11月24日10月7日)、幕府孝明天皇条約の批准同意したと、三国に対して回答した開港日は当初通り慶応3年12月7日1868年1月1日)であり、前倒しされることはなかったが、天皇同意得たことは三国外交上の勝利思われた。また、同時に関税率改定行われ幕府下関戦争賠償金300ドル支払うことも確認された。 艦名艦種建造トン数乗組員機関出力備砲英国 プリンセス・ロイヤルPrincess Royal 蒸気スクリュー戦列艦 1853年 積載量3129トンbmトン排水量4540英トン 850 不明 91 レオパードLeopard 蒸気外輪フリゲート 1851年 積載量1406トンbmトン310 560NHP 110ポンドアームストロング砲x110インチ砲x132ポンドx4 バウンサーBouncer 蒸気スクリューガンボート 1856年 積載量233トンbmトン40 60NHP 68ポンド砲x2 フランス グエリエールGuerrière 蒸気スクリューフリゲート 不明 排水量3935トン 不明 不明 不明 デュプレDupleix 蒸気スクリューコルベット 1863年 排水量1795トン 203 1215IHP 6.4インチx10 キャンシャン Kienchang 通報艦 不明 不明 不明 不明 不明 オランダ ズートマンZutman 蒸気スクリューコルベット 不明 排水量2100トン 240 830IHP 6.3インチ砲x830ポンドx8

※この「兵庫早期開港要求(1865年)」の解説は、「幕末の砲艦外交」の解説の一部です。
「兵庫早期開港要求(1865年)」を含む「幕末の砲艦外交」の記事については、「幕末の砲艦外交」の概要を参照ください。

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