三題噺
★1.客から出された三つの題材を組み合わせて、落語家が即興で噺を作る。「卵酒」「毒消しの護符」「鉄砲」という三つの題から、三遊亭円朝は『鰍沢』の物語を作った〔*「身延詣り」「遊女」「熊の膏薬」の三題が出された、などの異説もある〕。
『鰍沢』(落語) 身延山参りの旅人が雪道に迷い、一軒家に宿を借りる。その家の女房は、旅人の財布を狙って、しびれ薬入りの卵酒を飲ませる。旅人は毒消しの護符を呑み、逃げ出して鰍沢の急流に落ちる。彼は材木につかまって、「南無妙法蓮華経」とお題目を唱える。女房が鉄砲で旅人をねらい撃ちするが、弾は外れる。旅人は「ああ、お材木(=お題目)のおかげで助かった」と言う〔*落ちは→〔下宿〕2の『おせつ徳三郎』と同じ〕。
★2.「新米の盲乞食」「袴着の祝い」「大仏餅」の題で、円朝が作ったと言われる噺。
『大仏餅』(落語) 新米の盲乞食が幼児を連れて、ある家を訪れる。その家では、子供の袴着の祝いをしていたので、料理の残り物を与える。家の主人は、乞食がもとは有名な茶人だったことを知って、薄茶と大仏餅をふるまう。乞食は大仏餅を喉につまらせ、主人が背中を叩いてやる。その衝撃で盲乞食の目が開いたが、鼻の障子が抜けて、乞食はフガフガ言う。主人は「大仏餅を食ったから、目から鼻へ抜けたのだ(*→〔腹〕2b)」と言う。
★3.「芝浜」「革財布」「酔っ払い」の題で、円朝が作ったと言われる噺。
『芝浜』(落語) 裏長屋に住む魚屋が、朝早く芝浜の魚河岸へ出かけて、50両入りの革財布を拾う。魚屋は「これで遊んで暮らせる」と、仲間を呼んで酒盛りをして、ぐっすり寝こむ。目覚めると、女房が「財布など知らない。夢でも見たんだろう」と言う。魚屋は、「あさましい夢を見たものだ」と心を入れ替え、酒を断(た)って働き者になる。やがて表通りに店を出すまでになった3年目の大晦日に、女房は「実はあれは夢ではなかった」と打ち明ける。
『サザエさん』(長谷川町子)朝日文庫版第13巻119ページ 麻雀中のノリスケに妻タイコから電話がかかり、仲間が「ノリスケは急病の友人を送って行った」と嘘をつく。しかしノリスケはタイコに「叔父貴と食事に行く」と言って、出かけて来たのだった。さらにノリスケには、賞品のコーヒーセットが当ってしまう。ノリスケは「病人・叔父貴・コーヒーセット、これを家に着くまでに三題話にまとめあげなきゃならんぞ」と考えつつ、夜道を歩く。
三題噺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/12 07:39 UTC 版)
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三題噺(さんだいばなし)とは、落語の形態の一つで、寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語である。三題話、三題咄とも呼ぶ。
概要
元来、トリを取れるような真打ちだけがやったもので、客席から3つ「お題」を出してもらい即席で演じた。 出して貰う「題」にも決まりがあり、「人の名前」「品物」「場所」の3つで、どれかを「サゲ」に使わないといけなかった。
初代三笑亭可楽が始めたとされており、幕末には盛んに行われた。三題噺を元にした演目の代表作としては『芝浜』が挙げられる。三遊亭圓朝がある時の寄席で挙げられた題目が「酔漢」「財布」「芝浜」の3つで、これを題目として演じたのが『芝浜』の原形といわれている。この他『鰍沢』も三題噺を元にした演目の代表作である。
三題噺落語の創作には、かなりの発想力やセンス、またそれを演じるための技術が求められるため、誰もができるわけではない。近年では、三遊亭白鳥や柳家喬太郎などのほか、柳家わさびなども定期的に三題噺を演じる会を開いている。
現代では、落語のみならず、漫才やトーク番組などでも応用されて用いられている。また、大手マスコミ等の採用試験の問題として出題される。
粋狂連・興笑連
聴衆から三つの題を得て即興で一回の落語を創作する三題噺を再興し、文久年間に一大ブームを巻き起こした幕末の粋狂人の集まりを連と呼び、その代表的なものに粋狂連と興笑連が有った。仮名垣魯文、山々亭有人、河竹新七、梅素玄魚、落合芳幾、山閑人交来などの他に玄人の三遊亭円朝、柳亭左楽なども加わっている。粋狂連の代表は好文舎花兄(金座の役人で高野某)で、興笑連の代表は春廼屋幾久(大伝馬町の豪商勝田市兵衛)であった。
関連項目
- ざこば・鶴瓶らくごのご(朝日放送) - 三題噺を主体にしたテレビ番組
- R-指定 - お題として出してもらった言葉でフリースタイルラップをする「聖徳太子スタイル」を得意とするラッパー
参考文献
- 三題噺のページへのリンク