ソロとバンド活動の概要
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「ジーノ・ロート」の記事における「ソロとバンド活動の概要」の解説
活動の歴史は、ジーノ・ロート(Zeno Roth)とウレ・リトゲン(Ule W Ritgen:現フェア・ウォーニング)が1970年代の初めにハノーファー(Hannover)で、彼らの最初のバンド、ブラック・エンジェル(BLACK ANGEL)を結成したことで幕を開ける。クリーム(Cream)、イエス(Yes)、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)などのクラシック・ロック・バンドから多大な影響を受けたふたりは、大学に通いながら何年間かともに演奏を続けていたが、1977年にブラック・エンジェルは解散。その後、ウレ・リトゲンはジーノの兄、ウリ・ジョン・ロート(Uli Jon Roth) のプロジェクト「エレクトリック・サン(ELECTRIC SUN)」にベースとして参加。その3枚のアルバムでベースを担当することになる。 1980年に入り、ジーノ・ロートとウレ・リトゲンは再び活動を共にする。そしてこの頃、バンドの方向性が明らかに新しいものとなる。ジーノによれば、「音楽がメロディ主体になり、これまでの楽曲以上に強いヴォーカルラインを持つようになった。2本のギターだけでなく、キーボードやバックグラウンド・ハーモニーなどの要素も加わったし、とにかくこれぞ自分たちの目指すもの…というサウンド形式が始まった。」 リード・シンガーとしてマイケル・フレクシグ(Michael Flexig)が加わったことで、ハードロック・バンド「ジーノ (ZENO)」の骨格が出来上がる。この3人で非常に完成度の高いデモ・トラックを制作。これが英国のEMI(EMI UK)の目に留まり、当時の新人としては、その契約金の高さで破格のレコード・ディールへと結びついた。 ジーノ・ロートの名前でもある「Zeno」は、ギリシャの哲学者でストイシズム(Stoicism)哲学を築いたゼノン(Zeno Of Citium)に由来する。ゼノンの哲学は、論理学・自然学・倫理学に三分され、これらが融合してストア哲学を形成する。「自然に従って生きよ」が、ゼノンとストア派の柱となっている。 ギリシャの哲学者のスピリットを受け継ぎ、ジーノ・ロートは、音楽のみならず文才もいたるところで発揮している。1stアルバム「Zeno」が1986年に発表されたあと、当時の音楽シーンがメロディアス・ロックには好意的でなかったことも手伝って、彼は文筆活動に専念している。 ZENO のパートナー、ウレ・リトゲンは旧バンドを再編し「フェア・ウォーニング(Fair Warning) 」を結成。1993年の来日公演後に過去の縁もあり、日本でもZENO の1stアルバムが再発された。 未発表曲を集めた「ジーノロジー(Zenology)」 は、1994年にゼロ・コーポレーション(当時)からリリース。 1998年にアルバム 「リッスン・トゥー・ザ・ライト(Listen To The Light)」が発表された。 その後、創作のためにしばしの沈黙を保ったジーノは、2005年に再び未発表曲を集めた「Zenology II」(東芝EMI)を発表。 そして2006年9月6日。前作「リッスン・トゥー・ザ・ライト(Listen To The Light)」からは8年ぶりとなる新作、「ランウェイ・トゥー・ザ・ゴッズ(Runway To The Gods)」を発表。ヴォーカルをマイケル・フレクシグからマイケル・ボーマン(Michael Bormann)に変更された。
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