グレイグー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/01 22:56 UTC 版)
グレイグー(もしくはグレイ・グー。英語: gray goo; 「灰色のどろどろ」といった意味)とは、自己増殖性を有するナノマシンが、全てのバイオマスを使って無限に増殖することによって地球上を覆う世界の終焉を想定した架空の事象[1][2]。エコファジー(「環境(生命維持環境)を食べる」の意)という事象の一種である。
自己複製機械自体は、もともと数学者のジョン・フォン・ノイマンが提唱していた。そこからグレイ・グーという事象を想定し名付けたのは、ナノテクノロジーのパイオニアであるK・エリック・ドレクスラーで、1986年に発刊した著書「Engines of Creation」の中でのことであった[3]。2004年に彼は「『グレイ・グー』という言葉が、一度として使われない事を祈る」と述べている[4]。この用語は、科学雑誌「オムニ」1986年11月号にも取り上げられ、一般的に知られるようになった[5]。
概要
グレイ・グーという語彙は自己複製可能な分子ナノテクノロジーが制御できない状況下で無限に増殖する可能性のある事態を指しており、1986年にK・エリック・ドレクスラーが自身の著作であるEngines of Creation: The Coming Era of Nanotechnology(創造する機械 — ナノテクノロジー)で使用した[6][7][8]。
自然界においては天敵が存在して均衡が維持されているものの、既存の生態系に属さないナノマシンであれば起こる可能性があるとされる。一方、増殖に必要な資源やエネルギーを環境中から取り出す事は容易ではないため、単なる絵空事であり、杞憂に過ぎないとの意見も散見される。
グレイ・グーが発生する作品
自己増殖する物体による危機を描いた物語の初期の例として、2世紀頃のサモサタのルキアノスの詩『嘘好き Philopseudes』に基づきゲーテが書き上げたバラード『魔法使いの弟子』がある。この物語では魔法使いの弟子が箒に魔法をかけて水汲みの仕事をさせるが、箒は水が溢れても仕事をやめなかった。箒を止める魔法を知らない弟子は箒を鉈で破壊しようとするが、2つに分裂したことで余計に水が溢れる。帰ってきた魔法使いが強制停止命令の魔法を出すことで箒を止め、窮地を救う[9]。元になったルキアノスの詩では2つ以上に増殖することはなかったが、1940年のウォルト・ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』ではミッキーマウスによって粉々に粉砕された破片ひとつひとつが元の箒の形に復元し、大量の箒達によって建物が洪水状態になってしまうという姿が描かれている。
- 酉島伝法『皆勤の徒』の描く奇怪な世界では、「塵機」と呼ばれる大量の汎用ナノマシンが暴走したあげくあらゆる物を飲み込み、「溟渤」と呼ばれる灰色の海を形成して地表のほとんどを覆っている。この世界は実は地球の未来の姿である。
- コミック「銃夢 LastOrder」において、Dr.ジャン・ヴァレスによるナノマシンテロにより水星は生物が住めないナノマシンの海になり果てる。
- コミック「ドラえもん」において、物質を複製する「バイバイン」により無限に増殖する栗饅頭により地球が飲みこまれる危険が発生。栗饅頭を宇宙の果てに捨てることで解決を図ろうとする。
- コミック「うちゅう人田中太郎」では、主人公である太郎を模したロボット型玩具が自己増殖を始め、止める手段が無いことを告げられたのち地球が埋め尽くされるというギャグシーンがある。
- コミック「真夏のグレイグー」[10]では、研究所外に出たナノマシンの爆発的自己増殖現象から逃れる人々が描かれている。
脚注
- ^ “Grey Goo is a Small Issue”. Center for Responsible Nanotechnology (2003年12月14日). 2009年12月28日閲覧。
- ^ “Nanotechnology pioneer slays "grey goo" myths”. Nanotechnology. Institute of Physics (2006年7月6日). 2009年12月28日閲覧。
- ^ Joseph, Lawrence E. (2007). Apocalypse 2012. New York: Broadway. p. 6. ISBN 978-0-7679-2448-1
- ^ Giles, Jim (2004). “Nanotech takes small step towards burying 'grey goo'”. Nature 429 (6992): 591. doi:10.1038/429591b. PMID 15190320 .
- ^ Nanotechnology: Molecular Machines that Mimic Life, OMNI, Vol. 9 No. 6, November 1986, p. 56ff.
- ^ 人類を待ち受ける恐るべき未来
- ^ ナノマシンは実用化できる?医療の現状とグレイグー問題とは?
- ^ グレイグー問題とは?
- ^ “THE LIAR Tychiades. Philocles”. sacred-texts. 2020年1月19日閲覧。
- ^ 井上智徳『真夏のグレイグー』講談社。
参考文献
- 高橋秀俊、「自動機械の発展とその意義」『科学基礎論研究』 4巻 2号 1959年 p.71-77, doi:10.4288/kisoron1954.4.71
- 和田英一. "フォン・ノイマンの自己増殖機械-1." 科学 37.11 (1967): 578-582.
- Sipper, Moshe, James A. Reggia, 竹内郁雄. "機械は自己複製できるか." 日経サイエンス 31.11 (2001): 56-67.
- Nohynek, Gerhard J., et al. "Grey goo on the skin? Nanotechnology, cosmetic and sunscreen safety." Critical reviews in toxicology 37.3 (2007): 251-277, doi:10.1080/10408440601177780.
関連項目
グレイ・グー(暴走による無限増殖)
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「ナノマシン」の記事における「グレイ・グー(暴走による無限増殖)」の解説
詳細は「グレイグー」を参照 炭素 (C) やケイ素 (Si) を主要な素材として、自己複製するナノマシンがあるとした場合、もしそれらが、自己複製時のプログラム・エラーなどにより暴走した場合、普遍的に存在する炭素やケイ素からなる物質(無論これらには大気や生物、人工建造物も含まれる)を素材化しての増殖が止まらなくなる可能性がある。ナノマシンは幾何級数的に個体数を増やすため、数時間のうちに地球全体がナノマシンの塊である「グレイ・グー (Grey goo)」に変化してしまうとされている。これらは悪用されれば従来の生物兵器よりも効果のある兵器となりうる。 しかし、グレイ・グーの可能性については疑問を唱える科学者もいる。もし化学的に地球上の全ての生き物を分解することができるのなら、自然のナノマシンとも言えるバクテリアが40億年の進化の過程でなぜそのような現象を起こしてグリーン・グー(Green goo)をつくり出さなかったのか、などということがよく言われる。 また、グレイ・グーを完全に否定する科学者もいる。1996年にノーベル化学賞を受けたハロルド・クロトーは、チャールズ皇太子が表明したグレイ・グーへの懸念に対して「まったく現実とかけ離れている」と批判したと伝えられる。グレイ・グーの概念を提唱したドレクスラー自身、2004年にイギリスBBCへのインタビューに答えてグレイ・グーは実際にはありそうもないことだと述べている。 ナノマシンはフィクションにおいては質量保存法則やエネルギー保存法則を無視した活動を描写されているが、現実にはナノマシンが活動するためのエネルギーはどこからどうやって供給されるのかという問題があり、ナノマシンを構成する元素の一部が不足したら増殖できなくなるという問題はリンが不足すると細菌が増殖できなくなる問題と全く同じである。エネルギーと材料の制約からナノマシンが無限に増殖することは現実に起こりえない。それどころか、分子の分解結合に大きなエネルギーを必要とする金属などでナノマシンが作られた場合、自己増殖を行うには細菌の増殖よりも大きなエネルギーが必要になり、ナノマシンは高エネルギーが外部から供給されるような特殊環境でしか増殖も活動も出来ない可能性すらある。
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