ギャップのメカニズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/14 00:29 UTC 版)
「ローマーのギャップ」の記事における「ギャップのメカニズム」の解説
なぜこの時代の化石がこれほどまでに少ないかについては、長い議論が交わされている。問題は化石化そのものであると提唱し、当時の地球化学的な差異が多く化石化しにくい状況にあったと主張する者もいる。また、発掘者が単に正しい場所で発掘を行っていない可能性もある。真に脊椎動物の生物多様性が低かった可能性は独立した証拠から支持されているが、その否定材料になりうる研究も発表されている。その研究については後述する。 原初の節足動物の陸棲適応はギャップ以前に本格化し、指のある四肢動物も上陸していたが、ギャップ自体の時代に相当する陸棲あるいは水棲生物の化石は極端に少ない。2010年代に発表された古生代の研究では陸棲脊椎動物と節足動物の両方におけるローマーのギャップの生物学的な根拠が提示されており、ローマーのギャップの時代に形成された岩石の特異的な地球化学組成から断定された低大気酸素濃度期と対応している。 ローマーのギャップの始まりにおいて海洋の魚類、特に甲殻を砕くタイプの肉食魚の多様性が低かったことは、硬い外殻に覆われた棘皮動物ウミユリ綱の化石が急激に増加していることから支持されている。トルネーシアン期はウミユリの時代と呼ばれている。ローマーのギャップの終焉に伴って甲殻を砕く数多くの条鰭類とサメが後に石炭紀で増加すると、古典的な捕食 - 被食関係のサイクルに従ってデボン紀型のウミユリの多様性は急激に低下した。デボン紀の終わりとローマーのギャップの時代に急激に変動する環境の中で、ハイギョと初期の四肢動物および両生類が急速に回復・多様化したという証拠は、着実に蓄積されつつある。 石炭紀の四肢動物の大半を含む水棲脊椎動物はは、ローマーのギャップに先駆けて生じたF-F境界をはじめとする後期デボン紀の大量絶滅から回復しつつあった。大量絶滅のメカニズムは完全に明らかにされているわけではないが、D-C境界に相当するハンゲンベルグ事変において、海洋と淡水域のグループの大部分は絶滅を迎えたかごくわずかまで系統を減らすこととなった。大量絶滅事変までは海洋と湖沼は肉鰭類と板皮類が支配的であったが、ギャップの後には条鰭綱やサメの親戚が支配的となった。また、この時代にはイクチオステガ目(英語版)の絶滅も見られた。 なお、ギャップの時期に酸素濃度が低下していたことと、そもそもギャップが存在することに疑問を呈する研究も発表されている。2016年にはスコットランドの新しい5箇所の化石産地から四肢動物と両生類の複数の化石記録が報告されており、当時の地質学的に最も正確な場所の記録も可能となっている。この新しい化石証拠から、少なくとも地域的には多様性のギャップや上記の酸素の地球化学的変動がなかったことが示唆されている。
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