オリジナル・ラインナップ復活(2004年 - 2015年)
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「モトリー・クルー」の記事における「オリジナル・ラインナップ復活(2004年 - 2015年)」の解説
2004年にHollywoodにある「Tenth Street Entertainment社」が、モトリー・クルー オリジナルラインアップでのリユニオンライブを企画する。すでに会場を抑えたが、その段階ではメンバーへの交渉が始まっていない状態だった。 モトリー・クルーのリユニオンには大きな利益がうまれることが彼らの実績を見ても確信があったと同社CEOが見込んでいたが、本人たちには数曲の新曲を含めたベストアルバムのリリースをしてもらうことが条件となっていた。 企画してからライブまで5カ月という段階から、ニッキーへの企画説明をしたが、当時はBrides Of Destructionで日本ツアーの最中で、トミーはソロアルバムをリリースした直後、ヴィンスはソロの歌手として全米各地でライブを行っており、ミックは行方不明という状況だった。 この時トミーとヴィンスの関係が険悪だったこと、トミーは正式にバンドを脱退していることなど、多数の課題があった。同社は一つずつ解決するため、メンバーを招き同じテーブルでの食事会を開く。その時の映像はメンバーへ告知なしで隠しカメラにより撮影されておりドキュメンタリー映像として残されている。ニッキーは乗り気だと二人に話すが、トミーとヴィンスはどうしていくかまだ決められないが前向きであるということだった。ギタリストのミックは依然行方不明だったため、ニッキーも協力し多方面からコンタクトを試みた結果、彼は自宅で療養している事が判明。ニッキーがマネージャーらと訪問し、リユニオンについて説得し承諾を得た。 しかし、その後発表されるが、ミックは血清反応陰性関節炎を17歳から患っており、当時の時点で首を横に回すことが出来ない状態となっていた。スタジオに姿を現した際に、トミーはその姿を見てとても怖くなったと語っていた。演奏そのものは可能だったことから、新曲のレコーディングが実施されたが、レコーディング途中でトミーが姿を現さなくなることがあった。ニッキーらは冷静に彼を説得し、再びバンドとして活動を始め、同社の企画したライブは「Carnival of Sins」と題され本格的なオリジナルメンバーによる再結成のワールドツアーが始まり、大きな成功を再び手にする。 翌年2月に3枚目のベストアルバム"Red White & Crue"をリリース。全米チャート6位。ツアー後半ではSum 41、シルバータイド等がサポートについた。 10月、ローリング・ストーンズの『ア・ビガー・バン・ツアー』に2公演だけオープニング・アクトとして出演。 2005年8月、トミーの3rdソロ・アルバム"Tommyland: The Ride"リリース。 9月、アメリカ南部を襲った超大型ハリケーン・カトリーナの被災者救済イベント『ReAct Now: Music & Relief』に賛同。リンキン・パークのチェスター・ベニントンをゲストに迎えた'Home Sweet Home'を発表。 2006年4月、ライブアルバム"Carnival Of Sins"をリリース。9月にはエアロスミスと『ルート・オブ・イーブル・ツアー』で全米各所を廻る。 2007年ニッキーが1986年~1987年までのドラッグ中毒だった自身の日記"The Heroin Diaries : A Year In The Life Of A Shatterd Rock Star"を発表。同年8月にそのサウンドトラック"The Heroin Diaries Soundtrack"をDJアシュバとプロデューサーのジェームス・マイケルとバンドSixx:A.M.を結成しリリース。 2008年6月、8年ぶりとなる9thアルバム"Saints Of Los Angeles"リリース。オリジナルメンバーによるフルアルバムとしては、1997年発表の"Generation Swine"以来、実に11年ぶりとなるこのアルバムは、全米チャート最高4位に。表題曲「セインツ・オブ・ロスアンゼルス」はグラミー賞のベスト・ハードロック・パフォーマンスにノミネートされた。 7月からバックチェリー、パパ・ローチらと共に全米主要都市をツアーする『クルー・フェス』を開催。 2009年7月からはドラウニング・プール、ゴッドスマックらと『クルー・フェス2』を開催。 2010年6月ヴィンスが3rdアルバム"Tattoos & Tequila"リリース。 8月にはオジー・オズボーン、ロブ・ハルフォードらとオズフェストに出演。 2011年3月シックス率いるSixx:A.M.が2ndアルバム"This Is Gonna Hurt"リリース。 結成30周年を迎えたモトリー・クルーは同じく結成25周年のポイズンと共にニューヨーク・ドールズをゲストに迎え全米ツアー。9月には10度目の来日公演を行った。 2012年2月、ラスベガスにて常駐公演。 7月、新曲 'Sex' を配信限定で発売。キッスとダブルヘッドラインを組みアメリカツアーを開催。 2013年8月、インタヴュー内で翌年度のツアーを以て、バンドの活動を終了することを仄めかした。ヴィンスは、その理由を「デカいことがやれる最高の状態のうちに止めておきたいんだよ」と語っている。なお、再結成の可能性は示唆してはいるものの、キッスのように頻繁に行うつもりはないとも付け加えている。同年10月には、シックスからも解散についてのコメントが出されているが、解散ツアーの予定については、まだまだメンバー内で相談中であるとのことである。ニッキーは、解散する理由を「オリジナルメンバーが一部欠けたまま、客足が少ない状況で活動を続けるよりも、オリジナルメンバーがそろったままで解散するほうが、もっと嬉しいから」と説明している。 2014年1月、7月からファイナルツアーを行うことが正式に発表された。 2015年12月末、地元ロサンゼルスの最終公演をもって活動停止。
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