がんとミトコンドリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 14:24 UTC 版)
「ミトコンドリア」の記事における「がんとミトコンドリア」の解説
1955年にオットー・ワールブルクは、体細胞が長期間低酸素状態に晒されると呼吸障害を引き起こし、通常の酸素濃度の環境下に戻しても、大半の細胞が変性や壊死を起こし、ごく一部の細胞が酸素呼吸に代わるエネルギー生成経路を昂進させて生存する細胞が、ガン細胞になるとの説を発表した。この説では、酸素呼吸よりも、むしろ解糖系によるエネルギー産生に依存する細胞は、下等動物や胎生期の未熟な細胞が一般的であり、体細胞がATP産生を酸素呼吸によらず解糖系に依存した結果、細胞が退化してガン細胞が発生するとした。 ガン細胞の発生とmtDNAの突然変異の関与は、古くから指摘されてきた。その理由は特定の発ガン性化学物質が、DNAよりもmtDNAに結合し易い事と、ガン組織のmtDNAは正常組織よりも高い割合で突然変異の蓄積が観察された事による。しかしながら、母性遺伝するガンの存在が確認されていない点や、DNAの影響を排除しmtDNA単独でのガンへの影響を検証する手法が確立されていない点などが、この仮説の証明の障害であった。 ただ、2008年筑波大学の林純一らが、ガンの転移能獲得という、ガン細胞の悪性化に、mtDNAの変異が関与している事を指摘した。マウス肺がん細胞の細胞質移植による細胞雑種の比較により、mtDNAの特殊な病原性突然変異によってガン細胞の転移能獲得の原因になる事を発見し、ヒトのガン細胞株でも、mtDNAの突然変異がガン細胞の転移能を誘導し得る事を明らかにし、少なくとも、mtDNAがATP合成以外の生命現象にも関与する事を明らかにした。また、林らによるとmtDNAの突然変異には、活性酸素種(ROS)の介在が重要であり、ROSを除去すれば転移能の抑制が可能ではないかと推察した。ただし、ガン細胞の転移能の獲得メカニズムは複雑であり、様々な要因が考えられるので、これはその要因の1つに過ぎない。 また、京都大学の井垣達吏らは、① Ras遺伝子の活性化とミトコンドリアの機能障害を起こした細胞は、細胞老化を起こして細胞老化関連分泌因子(SASP因子)を放出し、これにより周辺組織のガン化を促進する事、また、② 細胞分裂停止とJNK遺伝子の活性化が互いに増幅し合う事で、細胞内のJNK活性が顕著に増大し、これによりSASP因子の産生が誘導される事を示した。
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