『少女アリス』編集長―ロリコンブーム到来とは? わかりやすく解説

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『少女アリス』編集長―ロリコンブーム到来

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 03:14 UTC 版)

川本耕次」の記事における「『少女アリス』編集長―ロリコンブーム到来」の解説

同誌廃刊後は米沢嘉博仲介1979年春からアリス出版移籍合併アリスでは第五編集部編集長就任する入社当初レズ雑誌ガール&ガール』を編集していたが、同年初冬にはロリコンブーム火付け役となった伝説的自販機本『少女アリス』アリス出版)の2代目編集長となり、同誌ではビニ本界の伝説的アイドルであった寺山久美寺山修司主宰アングラ劇団天井桟敷出身文学少女)をモデル新潟県上越市写真撮影敢行したほか、コミケット日本初ロリコン漫画同人誌シベール』を発表していた吾妻ひでお美少女漫画依頼して純文学シリーズ」を描かせる(後に奇想天外社から『陽射し』としてB5判ハードカバー単行本化された)。この連作叙情的に描かれ美少女エロティシズム明確にテーマにした全8編の作品群で、後のロリコン漫画美少女コミック)に直結する最重要作品群みなされている。なお吾妻川本について「私の転機ともいえる作品を描く時に現れる幸運を運ぶ人」と『失踪日記』で語っていたほか、川本自身も「毎回通って時には徹夜にもつきあって原稿いただいた時の感激忘れません。時代変える作品だと、あの頃から確信していました」と述懐している。 なお川本編集を手がけた『少女アリス』について第2次ロリコンブーム中心人物斉田石也は「厳密に言えば本物少女登場していないものの、当時、娘の制服借りて来たのか、と張り倒したくなるようなババアセーラー服姿でニカッと笑っているのが普通でさえあった自販機本業界にあって、おそらく本物十代少女登場する数少ない総合グラフ誌だった。この『少女アリス』編集中心的人物こそ誰あろう川本耕次氏なのだ。当時編集者カメラマンライター等々一人で何役もこなしていたと聞いている。当時『少女アリス』掲載され女子高生告白物語などは、全てノンフィクションだと信じていた。ところが、当時、その文章大半川本氏と青葉伊賀丸氏は捏造していたと聞きかなりのショック受けた。もちろん信じていたのにィという恨み節もあるが、それ以上に、あれだけサイクルあれだけの量の文章を、しかも、専任ライターではなく様々な仕事をこなしながら書き綴っていたことがショックだったのだ。そして『少女アリス』30号近くまで継続させた川本氏のパワーが、後にロリコンブーム布石になったことは、いまさら説明を必要としないだろう。『少女アリス』から『ありす』そして『アリス倶楽部』さらに『ロリコンハウス〜ロリくらぶ』を経てアリスクラブ』まで、常に専門誌少なからず影響与えている氏の存在こそ、当時パワー延長と言える」と非常に高く評価している。

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