雨宿り
『雨やどり』(御伽草子) 按察大納言の姫君は初瀬観音参詣の帰途、五条辺で雨にあい、近くの家の門に雨宿りする。そこは右大将の息子中納言の乳母の家であり、訪れた中納言が姫君を見そめ、契りを結ぶ→〔取り替え子〕1a。
『木幡の時雨』 8月、中納言は初瀬詣での途中、木幡の里で時雨に遭って一軒の小家に雨宿りする。そこには故奈良兵部卿右衛門督の姫君が物忌みに来ており、中納言は姫君と契りを結び、数日滞在する。
『今昔物語集』巻22-7 内大臣高藤は15~16歳の頃、鷹狩りに出て一軒の家に雨宿りをする。彼は、食事の世話などをしてくれた娘を寝所に呼び、一夜の契りをかわす。2人の間に生まれた女児は、後に宇多院の女御となり、醍醐天皇を産んだ。
『小夜衣』上巻 冷泉院の皇子兵部卿宮は、山里に祖母尼と暮らす按察使大納言の姫君の噂を聞き、心を寄せる。山里を訪れた兵部卿宮は、激しい五月雨に遭って姫君の邸に雨宿りし、姫君と契りを交わす〔*後に兵部卿宮は帝、姫君は中宮になる〕。
『十訓抄』第10-43 稲荷詣での和泉式部が時雨にあい、田を刈る童に「あを(=蓑の類)」を借りて、雨をしのいだ。翌日、童が「時雨する稲荷の山のもみぢ葉はあをかりし(*「あを借りし」と「青かりし」の掛詞)より思ひそめてき」と記した文を持って、和泉式部のもとを訪れる。和泉式部は「あわれ」と思って、童を奥へ呼び入れる〔*『古今著聞集』巻5「和歌」第6・通巻201話に同話〕。
『大和物語』第173段 良岑宗貞は、五条あたりで雨にふられ、とあるさびれた家に雨宿りを頼んだ。彼はその家の娘と歌をよみかわすなどの後、一夜をともにすごした。
*傘がきっかけで、男女が契りを交わす→〔笠(傘)〕2a・2b。
★1b.雨宿りをもっと大がかりにしたのが光源氏の物語である。
『源氏物語』「須磨」「明石」 光源氏が須磨の海辺で禊ぎをし、無実を訴える歌「八百よろづ神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ」を詠ずると、たちまち大暴風雨が起こる。何日も風雨は続き、落雷もあって光源氏は生きた心地もない。そこへ明石の入道が舟で迎えに来て、源氏は入道の館に落ち着く。源氏は、入道の娘明石の君と契りを交わし、姫君(=後の明石女御)をもうける。
『日本霊異記』下-18 宝亀2年(771)夏6月、丹治比(たぢひ)の経師(きやうじ)が、寺の堂内で『法華経』を書写していた。外では女たちが、墨に浄水をそそいでいた。雨が降り出したので、女たちは雨を避けて堂内に入る。狭い堂内に男女一緒にいるうちに、経師にみだらな心が起こり、彼は1人の女の裳をまくり上げて背後から交接する。男根が女陰に入ると同時に、仏罰を受けて2人は死んでしまった。
『伊豆の踊子』(川端康成) 秋の伊豆を1人旅する20歳の「私」は、天城峠で驟雨に遭い、茶店に駆けこむ。そこには、これまで2度ほど見かけた旅芸人一行が休んでおり、その中に17歳ほどに見える踊子(*実際は14歳)もいた。「私」と踊子たちとは、下田まで数日間、行動をともにする→〔道連れ〕2。
『常山紀談』巻1-13 若き日の太田道潅が鷹狩りに出て雨に降られ、小家へ蓑を借りに行くと、若い女が無言で山吹の1枝を折って差し出した。「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」の古歌をふまえて、蓑のないことを示したのだった。
『定家』(能) 北国から京へ上った僧が時雨にあい、近くの亭に入って雨宿りをする。女が現れて「これこそ定家の時雨の亭(ちん)」と教え、定家と式子内親王との恋を語る。女は「自らは内親王の霊である」とあかして消える。
*西行が遊女の家に雨宿りする→〔僧〕2の『撰集抄』巻9-8。
*『ピグマリオン』(ショー)の言語学者ヒギンズと花売り娘イライザも、雨宿りがきっかけで出会う。『ピグマリオン』の幕切れでは、二人の別れが暗示され、『ピグマリオン』にもとづくミュージカル『マイ・フェア・レディ』では、二人の結婚が暗示される→〔識別力〕3。
『羅生門』(芥川龍之介) ある日の暮れ方、失業して行き場のない下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。彼は楼の上で一夜をすごそうと思って梯子を登り、死人の髪を抜く老婆と出会った。餓死するか盗人になるか迷っていた下人は、老婆の着物を剥ぎ取って、盗人になる道を選んだ〔*原話の『今昔物語集』巻29-18では雨は降らない〕。
★3.男が出会う女は、生身の人間でなく、妖怪の類であることもある。
『雨月物語』巻之4「蛇性の婬」 紀の国三輪が崎の青年豊雄が、知人の家で雨やみを待っていると、美女が来て軒で雨宿りをする。豊雄は女に傘を貸し、その縁で2人は親しくなる。女は某役人の未亡人で「真名子(まなご)」と名乗るが、その正体は蛇だった。真名子は豊雄の美貌に執着し、豊雄が大和の石榴市(つばいち)へ逃げればその後を追い、豊雄が三輪が崎へ帰って結婚すれば、真名子は新妻富子に憑依する→〔初夜〕2。
★4.風雅な雨宿り。
『撰集抄』巻8-19 殿上人たちが東山へ桜狩り(=花見)に出かけたところ、急に雨が降って来た。皆があわてる中、藤原実方中将は、桜の木のもとに身を寄せて「桜狩り雨は降りきぬ同じくは濡るとも花のかげに宿らん」と詠んだ。彼の装束はすっかり濡れてしまったが、人々は「風雅なふるまいだ」と賞賛した。これを聞いた藤原行成は、「歌は面白し。実方は痴(をこ)なり」と言った。
品詞の分類
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