ひからびたたいじ【干からびた胎児】
読み方:ひからびたたいじ
《原題、(フランス)Embryons desséchés》サティのピアノ曲。全3曲。1913年作曲。変わった題名が多くみられるサティの作品の中でも、特に奇抜な題名で知られる。各曲の題にある胎児とは、いずれもナマコなどの海生生物の幼生や卵を指す。胎児の干物。
たいじのひもの【胎児の干物】
サティ:ひからびた胎児
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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サティ:ひからびた胎児 | Embryons desseches | 作曲年: 1913年 出版年: 1913年 初版出版地/出版社: Demets |
楽章・曲名 | 演奏時間 | 譜例![]() |
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1 | なまこの胎児 "d'holothurie" | 2分00秒 | No Image |
2 | 無柄眼類の胎児 "d'edriophthalma | 2分30秒 | No Image |
3 | 柄眼類の胎児 "de podophthalma" | 1分30秒 | No Image |
作品解説
この曲には三曲それぞれにサティ自身の観察的な注釈の序文と曲中に、指摘な指示がつけられている。
第一曲、なまこの胎児序文では、<無知な人たちは、ナマコを“海のきゅうり”と呼ぶ。ナマコは石の上や岩場によじ登っている。この海の動物は、猫のように喉をゴロゴロ鳴らし、おまけに不気味な糸を吐き出す。ナマコは日の光が嫌いらしい。サン・マロの入り江で、私は一匹のナマコを観察した。>とある。曲中の詩抄には「朝の外出 雨が降っている。太陽は雲に隠れている。かなり寒い、いいぞ。かすかなゴロゴロ・・・、なんて素晴しい岩だ。最適だ。(この間に“歯痛で悩むナイチンゲールのように”と演奏者への指示がある。)夕暮れの帰宅、雨が降っている。太陽が戻ってこなければ、かなり寒い。あれは凄くきれいな岩だった。粘りつく岩だった。笑わせるな、苔の新芽、くすぐったいから。タバコがない、幸いにも私は吸わないのだ。(“最善を尽くして”)」と指示が書かれてある。この詩抄からナマコの生活がうかがえる。曲は左手の分散和音がナマコのゴロゴロという心の泣き声を表しているようだ。右手はナマコが岩場にはりつきながらよっくりと這い動く様子を旋律に表したかったのか・・・。最後は完全和音(ト長調)の和音が18回繰り返して締めくくられてる。
第二曲めの甲殻類の胎児の序文には<柄のない眼を持つ、眼が動かない甲殻類。フナムシやミジンコなど。生まれつき悲しい性質、気質をもち、断崖などにあいた横穴などに住み、世間とのつながりをもたず、こもっている。>とある。曲中の詩抄は「彼らはみな集まった。何と陰気なのだろうと一族の父が発言する。みなが泣き始める。(ここのフレーズで、サティはシューベルトの有名なマズルカからの引用と書いている。)哀れな生き物たち。彼はなんとうまく話したことだろう。大きな呻き声。」で終わる。曲は全体がピアニッシモで書かれており、重苦しい和音のアルペジオではじまる。じめじめとした印象を感じる。中間部の泣き始める部分では、サティ自身がシューベルトの有名なマズルカからの引用と書いているが、この曲は実在しない。ショパンの葬送ソナタのパロディである。
第3曲めの柄眼類の胎児の序文には<動く柄に眼がついている甲殻類。器用で疲れを知らない猟師のようだ。どこの海でも見られる。この柄眼類の身は風味の良い食物である。>とある。甲殻類とは、エビやカニ、フジツボなど。狩りの様子である。「獲物をねらって、上がれ、獲物惑わせろ」と書かれている。カニの横這いのような細やかな速い動きが3連音から始まり、短い間にクレッシェンドでフォルテにまで持っていっている。これにより狩りの緊迫感をあたえている。中間部はレントで獲物を惑わすための角笛を表現している。そしてまた細やかな活動的な音型になり、最後は作曲者である自身が強制的な終止の仕方で第一曲め同様に、完全和音(ヘ長調)の和音が18回繰り返される。パロディ精神に満ちた作品である。
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