1932年冬の党勢停滞とは? わかりやすく解説

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1932年冬の党勢停滞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 02:12 UTC 版)

ヨーゼフ・ゲッベルス」の記事における「1932年冬の党勢停滞」の解説

ヒトラー首相ポスト要求するようになったが、パーペンヒンデンブルク副首相甘んじるよう要求したため決裂。しかも政府8月13日ヒンデンブルクヒトラー会談について、ヒトラー横っ面をはられっぱなしだったように読める内容内閣発表出してヒトラーに恥をかかせた。ゲッベルス専門宣伝分野で恥をかかされたことに激怒し、すぐに反駁行ったものの手遅れだった。この件で党の受けた打撃深かったヒンデンブルクパーペン腹を立てたヒトラーは、招集されたばかり9月12日国会で共産党提出したパーペン内閣不信任案ナチ党議員団賛成に回らせて可決させ、国会はただちに解散されることになった。 この選挙戦においてナチ党全面的なパーペン批判展開したパーペン政権を「ブルジョワ与太者」「腐敗した貴族クラブ政体」と非難したヒトラーが公式に掲げたスローガンも「反動反対であった。だがこのような共産党張り選挙戦術は保守層からは白眼視され保守層は他の保守政党国家人民党人民党支持戻し始めた。それに比例して党に寄せられ寄付金これまでになく渋い額となったそれでなくても度重なる選挙戦によりナチ党財政破たん状態になっており、まともな選挙運動打てなくなっていた。9月16日ゲッベルス日記には次のようにある。「選挙キャンペーンはますます困難になっていくだろう。党金庫はすでに空っぽだ。前の選挙で我々の蓄えはすっかりなくなってしまった。」「敵も我々が息切れするのを待っている」。ゲッベルス金策のために集会の数を減らしたり、討論という形にして他党集会相乗りするなど節約努めざるを得なくなった。 またヒンデンブルクから首相任命拒否されたことが知れ渡っていたのでナチ党への期待感も薄まっていた。その現象についてゲッベルスは後にこう書いている。「その前の選挙で票を入れた人たちは党が権力に付けばすぐにもお返しがあると思い込んでいた。ところが党はそれまでより権力から遠のいたように見えたので離れていった」 選挙直前11月初めにおこったベルリン市交通局ドイツ語版労働者ストライキゲッベルスナチ党員を参加させた。ゲッベルス共産党とも協力してこのストライキを大ストライキにしてベルリン交通網を完全にマヒさせた。保守層からの得票減退確実だったので代わりに労働者票を多く獲得しようというゲッベルス戦術だった。ヒトラーはこれに困惑していたものの、正式な反対はしなかった。だがこの一件逆にナチ党への得票を一層減らしただろうと見られている。 11月6日国会選挙ナチ党前回選挙比べ200減らして36議席失い196議席得票数1174票〔得票率33.1パーセント〕)に減退した(ただし第1党地位保った)。これについてゲッベルス言い訳がましいことは口にせず、同日日記に「我々はやっつけられた」と書き、さらに11月11日には「党の財政報告書絶望的だ借金債務だけ。それもこの敗北後で大量資金調達不可能」と書いている。 ナチ党金欠続き地方議会選挙でもまともな選挙運動はできなかった。12月初旬テューリンゲン州議会選挙では前回比べて40%もの得票失った。これについてゲッベルスは「情勢破局的だ」と書いている。後にゲッベルス白状したところによるとこの頃彼はナチ党瓦解するではないか考えていたという。

※この「1932年冬の党勢停滞」の解説は、「ヨーゼフ・ゲッベルス」の解説の一部です。
「1932年冬の党勢停滞」を含む「ヨーゼフ・ゲッベルス」の記事については、「ヨーゼフ・ゲッベルス」の概要を参照ください。

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