高高度型の開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 06:02 UTC 版)
昭和18年(1943年)初め、日本陸海軍はB-17を超える重爆撃機B-29の実用化が間近であることを察知し、これに対抗する高高度戦闘機として海軍は試製天雷(J5N1)や試製陣風(J6K1)、試製震電(J7W1)、陸軍はキ87やキ94の開発を開始した。とはいえ、新型機の実用化にはどうしても数年の時間が必要であり、これから設計を始める新型高高度戦闘機の実用化よりB-29の実戦投入が早いのは明らかであった。このため、海軍は新型戦闘機実用化までの繋ぎとして、設計及び試作が進んでいる戦闘機の高高度戦闘機への改修も並行して開始した。高高度戦闘機に必須と考えられた排気タービン過給器や強力な火器を搭載するには、機体容積に余裕のある大柄な機体が適していると考えられたことから、当時開発中であった戦闘機の中から太い胴体をもつ雷電と試製烈風が候補に挙がり、A7M1試作一号機が完成する数カ月前の昭和19年(1944年)初頭から試製烈風の設計をベースにした高高度戦闘機の開発が開始された。 この高高度戦闘機型はA7M3-J烈風改と仮称され、発動機を排気タービン過給器付のハ四三-一一型”ル”に換装、武装を五式三十粍固定機銃翼内4挺、胴体内に同機銃2を斜銃として追加、実用上昇限度10,300m、最高速度347ノット(648.2km/h)を発揮することが予定された。このため、操縦席と尾翼周辺、主翼の一部を除いて大幅な改設計が必要な新規設計に近い大規模な改修が施されることになった。発動機換装による馬力増大と比較して装備増加による重量増大が大きいことから、計画通りの性能が達成できるかという危惧と地震や空襲の影響による作業の遅延の中で開発が進められていたが、試作一号機の完成前に終戦となった。 また昭和19年(1944年)4月頃から新たな局地戦闘機型の開発が開始された。これが堀越二郎『零戦』においてA7M3烈風性能向上型として紹介されている機体で、好成績を収めたA7M2の発動機を高高度性能の高いハ四三-五一型に換装、武装を翼内九九式20mm二号機銃五型6挺に強化、高度8,700mにおいて最高速度347ノット(642.6km/h)を発揮することが予定されており、改修に無理が少ないことから期待を集めたとされるが、やはり試作一号機が完成する前に終戦となった。
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