豊満な女性像《ナナ》シリーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 06:03 UTC 版)
「ニキ・ド・サンファル」の記事における「豊満な女性像《ナナ》シリーズ」の解説
1965年に豊満な女性像《ナナ》シリーズの最初の作品が発表された。ニキとティンゲリーが個人的にも親しくしていたアメリカ生まれの画家・彫刻家のラリー・リヴァース(英語版)とは、晩年に《破裂した絵画》(絵に近づくと、光センサーによってモーターが動き出し、絵のモチーフがばらばらになる動く絵画)のシリーズを共同制作することになるが、彼の妻クラリスは当時ニキと最も親しく、ニキの制作を手伝っていた。《ナナ》はクラリスの妊娠に触発されて制作された作品である。上述のように、《ナナ》はニキにとって「すべての女性」、女性の原型であり、社会における女性の役割を批判的に表現した《花嫁》シリーズとは対照的に、踊るような軽やかな動き、鮮やかな色彩で表現された開放的な女性像である。 ハノーファーの《ナナ》(ドイツ) ハノーファーの《ナナ》(ドイツ) ストックホルム近代美術館前の《ナナ》(スウェーデン) ティンゲリー美術館のナナ《グウェンドリン》 ニキは最初の《ナナ》展示会のためにアーティスト・ブックを出版し、これを機に、ナナを描いた招待状、ポスターなどを多数制作した。さらに、1966年、ストックホルム近代美術館の企画として、同美術館の学芸員であったフルテンからの依頼により、スウェーデン語で「彼女」を意味する《ホン》を制作。ティンゲリーと同地で活動していたフィンランド出身の彫刻家パー・オロフ・ウルトヴェット(フランス語版)が協力した(ティンゲリーは動く機械、ウルトヴェットはアサンブラージュをそれぞれ制作)。ウルトヴェットとはすでに1962年にアムステルダム市立美術館で開催されたインスタレーションアートの展覧会「ダイラビー(Dylaby)」(「ダイナミック」と「ラビリンス(迷宮)」をつなげた造語)で一緒に仕事をしていた。ダイラビー展にはティンゲリーのほか、スペーリ、ラウシェンバーグも参加していた。全長約27メートル、幅約9メートル、重さ6トンの巨大な《ホン》の内部には偽物の絵を展示した画廊、音楽室、映画館、水族館などがあり、右の乳房は「ミルクバー」、左はプラネタリウム、そして膣が入口になっている。この意味で、ニキは、何千人もの人々が入った《ホン》は「世界最大の娼婦」であり、オスを食うカマキリであり、「子宮への回帰」であり、同時にまた、彼女にとっての「神殿、聖堂、教会」であるという。本作品は3か月間の展示が終わると取り壊された。 ニキは、この後、彫刻作品《むさぼり食う母親たち》を発表している。ニキによると、《ナナ》が母性のポジティブな側面を表わすのに対して、《むさぼり食う母親たち》はネガティブな側面、「いてほしくない母親」を表わし、《ナナ》のアンチテーゼである。娘のローラによると、ニキは「強い悪意」を込めて《むさぼり食う母親たち》を表現したという。
※この「豊満な女性像《ナナ》シリーズ」の解説は、「ニキ・ド・サンファル」の解説の一部です。
「豊満な女性像《ナナ》シリーズ」を含む「ニキ・ド・サンファル」の記事については、「ニキ・ド・サンファル」の概要を参照ください。
- 豊満な女性像《ナナ》シリーズのページへのリンク