規約についての理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/02 14:43 UTC 版)
「デイヴィド・ルイス」の記事における「規約についての理論」の解説
ルイスの初の単著は、『規約に関する哲学的研究』"Convention: A Philosophical Study" (1969)である。これは彼の博士論文に基づくものであり、ゲーム理論を利用して社会的規約'social convention'を分析したものである。彼によれば、ほとんどの国や地域での車両通行が右側車線(日本では左側であるが)であるとか、電話で会話しているときに通話が途切れてしまったときには掛けた方がもう一度掛けるとかの社会的規約は、いわゆる「協働問題」に対する解決策としてあるとされる。協働問題は、ゲーム理論が提示する問題であるが、ルイスの著作が刊行された時期にはほとんど論じられることのないものであった。当時は、ゲーム理論に関する議論は当事者に葛藤が生じるような問題、たとえば囚人のジレンマなどに集中していた。 現在、協働問題は大きく取り上げられるようになってきている。というのも、協働問題においては複数の当事者が利益関心を共有しているにもかかわらず、いくつもの答があるからである。そのうちの一つの答が「突出」'salient'していることもありうる。「突出」とは、ゲーム理論研究者であるトーマス・シェリングによって提出された概念であり、ルイスは彼から影響を受けている。例えば、人がどこでおち合うかという協働問題には、町の中に一箇所しか考えられる場所がない場合には、突出した解がありうる。しかしほとんどの場合には、突出した解を得るためには、我々はルイスが「慣例」'precedent'と呼ぶところのものに依拠しなければならない。当事者双方が、特定の協働問題、例えば「道路のどちら側を走行するべきか」といった問題がそれまでに同じ方法で何度も解決されてきたということを知っているならば、また双方がそのことを知っているということを双方が知っているならば、さらにまた双方がそのことを知っているということを双方が知っているということを双方が知っているならば(「共有知」'Common knowledge')、双方はその問題を容易に解決することができる。彼らがその問題を成功裡に解決したことをほかの多くの人々が見ることによって、その解決策は社会に広がっていく。その規約は関係する人皆の利益関心に適うから存在するのであり、つまり規約は自存的(?)な行動制約なのである。規約に関するもう一つの重要な側面は、それが全く異なったものであってもよかった、ということである。つまり、日本でも右側を通行してもよかったのである。日本では左側通行である、という現実はなにか根拠があってのことではないのである。 しかしながら、ルイスが28歳で執筆したこの著作の眼目は、端的に言って、クワインの「言語は規約によって営まれている」という主張(クワインの「規約による真」'Truth by convention'1936の主張)に反論することであった。ルイスは、言語的規約は社会的規約(慣習)の特殊なケースに過ぎないと主張したのである。しかしながら、実際にそうであると示すことができるかどうかは見解の分かれるところである。『規約に関する哲学的研究』や後に発表された論文('Languages and Language', 1975)における言語規約に関する説明はかなり大雑把で不明瞭なものである。シッファー(Schiffer, S)の『意味』"Meaning"には、ルイスの議論に対する精緻な批判と代替案が示されている。シッファーの有力な議論においては、集合場所の規約などと言語規約とは実際全く異なったものであるとされている。
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