行脚企画とは? わかりやすく解説

行脚企画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/29 17:17 UTC 版)

早川伸吾」の記事における「行脚企画」の解説

2003年日本列島徒歩縦断」に挑戦単独北海道稚内九州鹿児島まで3000キロ97日間完歩稚内市役所スタート留萌札幌長万部函館青函フェリーにて)⇒青森秋田酒田村上新潟富山金沢福井敦賀京都神戸岡山広島下関福岡熊本人吉小林宮崎都城国分鹿児島市役所前(ゴール地点到着ルート歩いた道中各地にて、新聞・テレビ・ラジオ等に出演した大道芸しながらお笑い列島行脚主要地点に、東国原英夫吉川敏夫唯是一寿応援駆けつけた。「日本列島徒歩縦断」の偉業は、植村直己冒険館主宰2003年植村直己冒険賞ノミネートされたり、Yahoo!ニュース取り上げられたり、笑っていいとも!日刊スポーツ等で大々的取り上げられた。なお、鹿児島ゴール後は、鹿児島から東京までヒッチハイク帰った2005年には、「自転車ママチャリ四国88箇所お遍路巡り」に挑戦現金持参せず、道中に行う大道芸得た収入のみで旅を続け、総距離1500キロに及ぶ四国88箇所お遍路自転車巡った2007年ラジオ企画で「宮崎県自転車一周」を達成自分携帯電話番号ラジオ公開リスナー触れ合いながら9日間かけて宮崎県内をママチャリ一周した。更に同年には、宮崎から東京まで1500キロを、高速道路一切使わず一般道路のみで39時間13分かけての宮崎から東京まで運転して帰った経験あり。(一般道帰った理由は、東国原知事からもらった高速代4万円浮かせるためである) 2009年、「宮崎県徒歩一周」に挑戦宮崎県28市町村全部徒歩周り、総歩行日数30日間、総歩行距離680キロに及ぶ宮崎県徒歩一周達成宮崎県庁スタート清武町日南市串間市三股町都城市高原町小林市えびの市野尻町綾町国富町西都市西米良村椎葉村五ヶ瀬町高千穂町日之影町諸塚村美郷町延岡市門川町日向市都農町川南町木城町高鍋町新富町宮崎市県庁ゴールの順に歩いた自身ラジオ番組報告しながらの徒歩旅で、スタート時県庁には、ラジオ聴いて3人が見送りに来たが、彼の30日間歩きリスナーの心に響いたのかゴール時の県庁には100人の出迎え受けた。なお、宮崎県徒歩一周として全市町村徒歩で周ったのは早川史上初である。

※この「行脚企画」の解説は、「早川伸吾」の解説の一部です。
「行脚企画」を含む「早川伸吾」の記事については、「早川伸吾」の概要を参照ください。

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