紫綬褒章
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受章者については「紫綬褒章の受章者一覧」を参照 紫綬褒章(しじゅほうしょう)は「学術芸術上ノ発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者」に授与される。「科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術文化分野における優れた業績を挙げた方」に授与されると説明する。 1955年(昭和30年)、褒章条例の改正により黄綬褒章とともに制定された(昭和30年政令第7号)。2002年(平成14年)の栄典制度改正により、「紫綬褒章については、年齢制限を撤廃し、科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術分野における優れた業績等に対して、速やかに表彰する。」とされ、従来50歳以上とされていた年齢制限が撤廃されている。例年、春(4月29日)と秋(11月3日)の2回発令され、学術、芸術、スポーツ分野の功労者に授与される。 「勲章、記章、褒章等の授与及び伝達式例」(昭和38年7月12日閣議決定)4条は、褒章について、「内閣総理大臣の命を受け、内閣府賞勲局長が所管大臣に伝達し、所管大臣が適宜受章者に伝達する。」と定める。通例、紫綬褒章の伝達式は、東京都内のホテルなどで行われる。また受章者は、伝達式に合わせて、皇居で天皇に拝謁する。 団体に対して紫綬褒章と同様の理由で授与された例としては、2006年(平成18年)のワールド・ベースボール・クラシック第1回大会で優勝した日本代表チーム(王貞治監督)が初めてである。 2014年(平成26年)、アテネ五輪ならびに北京五輪の男子柔道金メダリストである内柴正人が紫綬褒章を褫奪(ちだつ。剥奪の意)されている。褫奪とは勲章褫奪令(褒章等は同6条で準用)に基づく行政処分で、褫奪を受けると官報に掲載され、褒章等は没取され、褒章等の受章者であると名乗ることも認められなくなる。
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紫綬褒章
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伊集院は2016年秋の褒章で紫綬褒章を受章したが、その際の事前の内閣府からの打診に対して自身の事務所スタッフに「丁寧にお断りするよう」指示していた。しかし受章の話を聞いた妻の篠ひろ子が防府在住の自身の老母に電話で紫綬褒章受章の話についてしたところ、母から電話口で「この話(紫綬褒章)は絶対に受けなさい。お父様(伊集院の父)が生きていたら絶対に怒ります。」などと説諭されたことから、伊集院は受章の打診を受諾することを決めたと語っている。
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