管状要素の進化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/22 20:28 UTC 版)
コケ植物は維管束をもたず、管状要素 (仮道管、道管要素) も存在しないが、スギゴケ科 (蘚類) などはハイドロイド (hydroid) とよばれる仮道管に似た細胞をもつ。ハイドロイドは細長い紡錘形の細胞であり、茎の中心に集まって中心束 (central strand; 道束、導束 conducting strand) とよばれる通水組織を形成している (右図)。ハイドロイドは、発生する過程でプログラム細胞死を起こして原形質を失うが、この過程には道管要素の発生過程におけるプログラム細胞死で働く遺伝子と相同な遺伝子 (PpVNS4) が機能していることが報告されている。ただしハイドロイドは細胞壁に二次肥厚を欠き、リグニンも存在しない。 前維管束植物であるアグラオフィトン属 (デボン紀前期) の復元図. リニア属 (デボン紀前期) の茎の横断面. 中心に仮道管を含む木部が見える. シルル紀からデボン紀にかけての化石植物であるホルネオフィトン属 (Horneophyton) やアグラオフィトン属 (Aglaophyton) などは (右図)、維管束植物につながる植物であると考えられており、以前は初期の維管束植物として扱われていた。しかし、これらの植物体に存在する維管束様の構造には仮道管 (二次肥厚した細胞壁をもつ細胞) が存在せず、蘚類の中心束 (上記) のような構造であることが明らかとなっている。そのため現在では、これらの植物は維管束植物には含めず、前維管束植物 (protracheophytes) とよばれる。これらに似た植物であるリニア属 (Rhynia) は二次肥厚した細胞を含む維管束をもち (右図)、維管束植物に含められる。ただしこの細胞は現生の維管束植物の仮道管とは異なる二次肥厚様式を示すため、真正維管束植物 (eutracheophytes) には含めない。 現生の全ての維管束植物は、基本的に仮道管をもつ。仮道管組織は通道組織として、水および無機養分を植物体全体に行き渡らせる通路となり、また仮道管組織は厚く木化 (リグニン化) した細長い仮道管が密な束となっているため支持組織ともなり、大きな植物体を支えることができるようになった。さらに被子植物では、仮道管組織が担っていた2つの機能を分業するようになり、水および無機養分を通道は道管によって、機械的な支持は木部繊維組織によって担われるようになった。それぞれの組織を構成する細胞 (道管要素、木部繊維) は仮道管から、それぞれの機能に適した形態に変化していった。道管はより効率的な通水のために穿孔を獲得し、また直径も太くなった。モクレン科など被子植物の中でも初期分岐群は、仮道管によく似た道管要素をもつことが多い。このような道管要素は細長く、両端が斜めになって尖っており、多数の帯状の孔が平行にならんだ階段穿孔をもつ。一方、木部繊維は仮道管に較べて細長くなり、細胞壁がより肥厚、通道機能を失っていった (ただし仮道管と木部繊維は連続的であり、明確に分けることはできない)。被子植物においても仮道管は残っているが、上記のような機能は主に道管要素と木部繊維が担っている。 ただし被子植物の中には、道管要素をもたないものもいる。アンボレラ科、シキミモドキ科、ヤマグルマ科、さまざまな水生植物 (スイレン科、アマモ科、ウキクサなど) などは道管をもたず、このような被子植物は無道管被子植物とよばれる。中間的なものも存在し、ハス (ハス科) の根には道管が存在するが、茎には存在しない。センリョウ (センリョウ科) は基本的に道管を欠くが、ときに穿孔が形成され道管をもつことがある。アンボレラ科 (右図) は現生被子植物の中で最も初期に他と分かれた植物であり、これが道管をもたないということは、現生被子植物の共通祖先が道管をもっていなかったことを示唆している。また被子植物の中でも、道管は複数回独立に獲得、または複数回独立に欠失したと考えられている。 また被子植物以外の維管束植物の中にも、イワヒバ属 (ヒカゲノカズラ綱)、トクサ属 (トクサ綱)、ワラビ (ウラボシ綱)、グネツム綱のように道管をもつものがごく少数であるが知られている (右図)。被子植物を含めてこれら道管をもつ植物は互いに縁遠く、独立に道管を獲得したと考えられている。
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