競泳選手時代とは? わかりやすく解説

競泳選手時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/07 03:26 UTC 版)

鈴木大地」の記事における「競泳選手時代」の解説

小学2年生地元千葉アスレティックセンタースイミングスクール(CAC)で水泳始める。全国SC大会にて100メートル背泳ぎ銀メダル獲得する中学時代スポーツクラブセントラルスポーツ鈴木陽二出会い以後引退まで指導を受けることになる。船橋市立船橋高等学校進学陸上競技指導者としてリクルート積水化学にて有森裕子高橋尚子らを育てることになる小出義雄市立船橋高等学校保健体育教師として鈴木在学中在職しており、鈴木小出授業受けたことがある高等学校3年次在学中1984年ロサンゼルスオリンピック代表に選ばれ出場100m背泳ぎ11位、200m背泳ぎ16位、400mメドレーリレー決勝失格という結果であった1985年市立船橋高校卒業とともに順天堂大学体育学部(現・スポーツ健康科学部体育学科進学する1986年、ソウル・アジア大会で100m背泳ぎ400mメドレーリレー金メダル獲得1987年には第14回ユニバーシアードザグレブ)で、100m背泳ぎ200m背泳ぎ金メダル獲得400mメドレーリレーの第1泳者として、100m1987年世界最高記録マークした1988年ソウルオリンピック100m背泳ぎ優勝し日本競泳16年ぶりの金メダル獲得した決勝戦は、世界記録保持者で予選を1位で通過したアメリカデビッド・バーコフ200m金メダリスト予選2位通過した世界記録保持者のソ連のイゴール・ポリャンスキーとの接戦となった(3人はいずれバサロ泳法使用)。最後は弧を描かず水面すれすれリカバリーしてゴールタッチし、バーコフに0.13秒差をつけて優勝した男子100m背泳では、1932年ロサンゼルスオリンピック清川正二に次ぐ、日本人2人目の金メダリストであり、表彰式では当時IOC委員だった清川からメダル授与された。この決勝樹立した5505日本記録は、その後度重なるルール改正にもかかわらず15年間、更新されることがなく、国内選手にとって大きなとなったソウルでは200m背泳ぎでは15位、400mメドレーリレーで5位に入賞している。 ソウルオリンピック金メダル獲得評価され日本スポーツ賞など多くの賞を受賞する1989年順天堂大学卒業後、大学院体育学研究科体育専攻に進む。1992年4月現役引退した現役時代は公式な世界記録樹立できなかったが、FINA競泳ワールドカップの50m背泳ぎ短水路世界最高記録(その当時はまだ公式種目ではなかった)を2回更新した経歴を持つ。また、1988年度日本選手権水泳競技大会(兼オリンピック選考会)の100m自由形出場して5235優勝したことがあるほか、短水路ながらバタフライ50メートル200m個人メドレーでも日本記録樹立するなど得意としていた。

※この「競泳選手時代」の解説は、「鈴木大地」の解説の一部です。
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