社会的貢献
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2006年12月発売された無限挑戦の初シングルである「All you need is love」をはじめ、今まで発売した4枚のシングル及びアルバムの収益金を寄付した。2007年から製作及び発売し始めたカレンダーの収益金も寄付した。2009年11月にはアメリカニューヨーク現地で朝鮮料理を広報し、歌手のキム・ジャンフンと共同でアメリカの新聞に朝鮮料理を知らせるための広告を掲載した。
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社会的貢献
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日本における英語教育改善面でも画期的な社会的貢献をした。即ち、1969年、元駐日アメリカ大使エドウィン・O・ライシャワーと会見して、英語教員の集中研修の必要性を痛感し、熊本県英語教育振興会を組織し、中学高校教員をアメリカ人講師が8週間の特訓をする自主研修会を、1970年からの4年間に18回実施し、この自主事業を成功裡に完遂させた。この4年計画は、フォード財団から初年度1万ドル(当時のレートで360万円)の援助を受け、この支援は最後まで続いた。ライシャワーは、1979年に出版された福田の著書『話せない英語教師―語学開国をめざして』(サイマル出版会)に序文を寄せ、「福田氏が、この事業を事業として成功させ、さらに、一層大きな発展のための重要な実験としたその運営方法に、私は非常な感銘を受けた」と評価した。この事業は、引き続き16年間、アメリカ人講師を派遣して行う学校訪問と地区研修として1990年まで実施され、全20年間にわたるこの英語教育技術の向上と国際理解教育の推進への貢献に対し1990年度 博報賞(国際理解教育部門)と文部大臣表彰を受けた。その成果は1991年出版の『語学開国―英語教員再教育事業の二十年』(大修館書店)に発表されている。この教員研修事業を通じて、福田は大学入試センター試験への聴解力テスト導入の重要性を認識し、1982年、英語作題部会長のときにリスニングテスト導入を部会方針として決定、それを受けて同年、センター内にそのための実施検討委員会が設置されたことが後年の全面導入への第一歩となった。 福田は中学高校時代に自分が聴いて英語が話せるようになった、平川唯一講師担当のNHK英語会話講座(1946−51年第一放送午後6:00-6:15)の教え方を、家族英語の母語方式による万人向けの教え方と考えて、その出版に尽力した。即ち、平川唯一著『みんなのカムカム英語』(毎日新聞社 1981)と『カムカム英語:NHK英語会話講座ラジオテキスト復刻版』(名著普及会 1986)に解説を執筆した。さらに『平川唯一のファミリー イングリッシュ』(南雲堂 1997)をトム・リード校閲で編集刊行した。
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