皇室とたばこ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/15 00:58 UTC 版)
皇室とたばこの関係は1883年(明治16年)から1904年(明治37年)まで日本橋のたばこ製造業柳屋が、宮内省の命により刻みたばこ、1894年(明治27年)からは紙巻たばこをそれぞれ製造したことから始まる。 1894年(明治27年)には岩谷商会に恩賜煙草製造の許可を与えて、日清戦争で出征する兵士に下賜された。 1904年(明治37年)には大蔵省専売局によるたばこの製造の官営化とともに皇室用たばこの製造も専売局に移り、岩谷商店の恩賜煙草製造ラインを引き継ぎ、東京第一煙草製造所に移された。その同じ年に専売局は御料たばこを制定した。御料たばことは天皇・皇后・皇太后専用のたばこである。同じ皇室用に作られたが、皇族用及び下賜用および皇室・宮内省の接待用に作られたたばこは特製たばこと呼ばれた。下賜用のたばこも御料たばこと同じ作業順序・注意事項で作られた(材料葉は必ずしも同じではない)。御料たばこと特製たばこは1910年(明治43年)からは専用工場で作られるようになった。御料たばこの葉は専用葉、特製たばこは当時の専売局製最高級たばこ「不二」と同じ葉を使用した。 大正天皇はたばこが好きで、大正天皇専用たばこの種類も多く、各皇族家それぞれにも専用たばこが作られた。御料たばこおよび特製たばこ専用工場は淀橋工場に移された。昭和天皇はあまりたばこを吸わなかったが、大正天皇の供養用や宮内省接待用に皇室専用たばこは製造が続けられ(大正までは接待用と下賜用は明確には分かれていなかった。)、昭和に入ってからは下賜専用のたばこも製造されるようになった。いわゆる「恩賜のたばこ」専用規格品はここに始まる。 太平洋戦争後はGHQの命令で宮家専用の特製たばこの製造はなくなり、接待及び下賜用の特製たばこだけが作られることになる。下賜用(恩賜のたばこ)は特製たばこ1号とされ紙巻たばこには一本一本に16葉の花弁の表菊文様が入り、箱には黒字で「賜」の文字(初期には金箔で「恩賜」の文字)が入り、宮内庁接待用の特製たばこ2号には横菊(上の画像参照)が入り、箱は無地である。包装は箱と缶がある。 1968年(昭和43年)以降には皇族用の14花弁の裏菊の紋が入った特製たばこ3号も存在する。
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