現代の哲学的一元論のタイプ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/16 07:32 UTC 版)
「一元論」の記事における「現代の哲学的一元論のタイプ」の解説
最近では、一元論は以下の3つの基本的なタイプに区分されることもある: 本質一元論。ひとつの本質だけがあるとするもの。 属性一元論。一種類のものだけがあるが、そのカテゴリーの中にたくさんの個物があるとするもの。 絶対一元論。ひとつの本質、ひとつのものだけがあるとするもの。従って、完全一元論が一元論の理念型といえる。 また一元論は以下の3種類に分けることもできる。 観念論。唯現象主義、すなわち心だけが現実だと考える唯心論的一元論。 中立的一元論。心身いずれもがなんらかの第三の本質(エネルギー等)に還元されるとするもの。 唯物論または物理主義。身体だけが現実であり、心は身体に還元されるとするもの。 ただし上記の分類のどれにも当てはめにくい立場もいくつかある。例えば、 機能主義の場合、唯物論と同じく心が究極的に身体に還元されるとするが、 それだけではなく、心の全ての臨界的局面は神経基質(Neural substrate)のなんらかの「機能的」水準に還元できるとする。それ故ある精神状態になる時にニューロンから何かが出ていなくてはならないということはない。認知科学や人工知能研究でよく見られる立場。 消去主義の場合、精神という言葉は将来的に非科学的と証明されるはずであり、完全に放棄されると論じる。全ての者が地・空気・水・火の四元素から構成されているという古代ギリシャ人の説をわれわれがもはや信じることができないように、将来の人間ももはや「信念」「欲望」その他の精神状態を指す用語を用いなくなるというのである。 バラス・スキナーの徹底的行動主義は、消去主義の変形の一つである。 非法則的一元論は、ドナルド・デイヴィッドソンが1970年代に心身問題解決の一方法として提起した立場である。上述の区分からすれば、これは物理主義または中立的一元論と考えられる。デイヴィッドソンによれば、物理的出来事だけが実在する。全ての心的対象ないし心的出来事も完全に実在しているが、なんらかの物理的出来事と同一の出来事として記述可能である。ただし、(1)全ての心的出来事は物理的であるが、全ての物理的出来事が心的であるわけではない、(2)(ジョン・ホーグランドによれば)全ての原子を除けば何も残らない、という2つの理由から、物理主義がある程度優位を占める。この一元論は以前の心身統一理論より優れた理論と考えられている。なぜなら、この立場を採っても、全ての心的実在を純物理的な用語で記述し直す方法を今すぐ提供できなくてもよいからである。実際にそのような方法はない。非還元的物理主義はそういう立場を採るし、創発的唯物論の場合もそうかもしれない。 反映一元論はマックス・ヴェルマンズが2000年に提起した立場である。意識に関する二元論と還元主義の見解双方につきまとう困難を解決する方法として提起されたもので、知覚された物理現象を意識内容の一部と見なす。
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