浪打峠とは? わかりやすく解説

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浪打峠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/10 13:53 UTC 版)

浪打峠(なみうちとうげ)は、岩手県二戸郡一戸町から同県二戸市にかけての峠。標高は302m。峠には明治天皇が東北巡幸の際にここで休憩した記念碑、北白川宮能久親王御休息地碑、浪打峠交叉層記念碑などがある。一戸町側には一里塚がある。峠には巨大な三葉松があったが1890年(明治23年)の暴風雨で倒れてしまう。一戸高校の校章は末の松山の三葉の松をもとに構成されている。


  1. ^ 奥州街道 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  2. ^ 浪打峠の交叉層 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  3. ^ 『菅江真澄全集 第十巻』、内田武志 宮本常一 編集、未来社、1974年、p.118
  4. ^ 菅江真澄は2度の訪問とも「末の松山」説の賛否両論を併記している。「はしわの若葉 続」では1786年8月26日には「末の松山を尋ねていくと、末松山宝国寺という臨済宗の寺の後ろに屍体を埋めた所に、赤松が5-6本植えている。…」と書き末の松山の由来や考察を記述している。9月7日には末(須江)村を訪れ女形の井を見て「ここを少し離れて、末という村がある。このことは、末の松山で言っていることと同じだ。ここも末の松山と言ったのだろうか。このあたりの山は昔はどうだっただろうか、それを知る人もいない。自分の推量なので秘めておくことにする。」と書いている。
  5. ^ 「江戸の落語家東北を旅する 奥のしをり」、加藤貞仁現代語訳、2019年


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