木部輸送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/22 20:28 UTC 版)
維管束植物はふつう根によって土壌から水を吸収し、茎を通して葉の隅々にまで輸送する。この輸送の通路となるのが、道管や仮道管組織である。このような管状要素を通した輸送は、木部輸送 (xylem transport) とよばれる。維管束植物の中には高さ 100 m 以上に達するものもいるが、基本的に自身のエネルギーを使わずにその高さまで水を引き上げている。この輸送速度は拡散や能動輸送よりも遥かに速く、時速 45 m に達することもある。輸送される水は道管液 (xylem sap) とよばれ、土壌から吸収した硝酸イオンやカリウムイオンなど無機養分を含んでいる。また道管液の中には、アミノ酸や有機酸、糖などの有機物も含まれることがあり (メープルシロップはサトウカエデの道管液からつくられる)、さらに植物ホルモンであるサイトカイニンなども含まれる。 道管液は、主に植物体の上部から「吸い上げる力」によって極めて高い場所まで速やかに運ばれる (右図)。この力は、主に開口した気孔から水が蒸発すること (蒸散 transpiration) によって生じる。気孔から水が蒸散すると、植物体内の空気-水境界面で負の圧力 (張力) が生じ (水ポテンシャルが下がる)、付近にある維管束の道管や仮道管組織から水を吸い上げる。高さ 100 m にある日中の樹冠では、この張力は60〜80気圧の負圧にも達する。またこの力に耐えるため、道管要素や仮道管はリグニンを含む強固な細胞壁をもつ。水分子は水素結合によって凝集するため、強い張力で吸い上げられても道管液は途切れることなく根から引き上げられる。だから道管液の水柱が気泡で切断されると、道管液は輸送できなくなる。この現象を塞栓 (エンボリズム) またはキャビテーションという。切り花を長持ちさせるために水中で茎を切るとよいとされるのは、道管などに気泡ができないからである。また同じく水素結合によって、水分子は親水性の細胞壁成分に付着し、これによって重力による下向きの引力を相殺する。このような蒸散を駆動力とする水の流れは蒸散流 (transpiration stream) とよばれ、またこの仕組みは体積流 (bulk flow, bulk transport) ともよばれる。蒸散流による輸送は基本的に受動的であるが、植物は気孔の開閉を通じてこれをコントロールしている。 また道管液の輸送には、根から「押し上げる力」が関わることもある。根は無機養分 (硝酸イオンなど) を吸収し、これを維管束へ送る。根において維管束は内皮で囲まれているため、これら無機養分の漏出を防ぐことができる (内皮細胞がエネルギーを使って物質の選択的透過を行う)。その結果、維管束内の水ポテンシャルが低下するため、維管束内へ水が流入し、これによって道管液を押し上げる力が生じる。この力を、根圧 (root pressure) という。早朝に葉縁から水が排出 (溢泌、いっぴつ、guttation) されていることがあるが (右図)、これは蒸散量以上の水が根圧によって供給されたためである。またヘチマ水のように切った茎から液体が溢れ出るのも、根圧によってである。ただし蒸散による力にくらべて、根圧による道管液の上昇に対する寄与はわずかであり、根圧を生じない植物もいる。水柱の切断などが起こった場合、これを解消するのに根圧が有用であると考えられている。
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