教授職
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「スティス・トンプソン」の記事における「教授職」の解説
1914-1918年テキサス大学オースティン校で英語作文の講師を務め、1921年に英文科の准教授としてインディアナ大学ブルーミングトン校(英語版)に招聘された。 アンティ・アールネ著『昔話の型目録』(Verzeichnis der Märchentypen、1910年)をドイツ語から英訳し、アールネの死後にさらにこれを補完して『昔話の型』(The Types of the Folk-Tale)として1928年、FFコミュニケーション(ドイツ語版)74号に発表した。これにはトンプソンはみずから蒐集もしたアメリカ先住民の説話などを追加している。1961年に、さらに話型の数を増補し、アールネの2000から2500の「ATタイプ」類型を最終的に打ち立てた(ATはアールネとトンプソンのそれぞれの頭文字からとられる)。それぞれの頭文字をとって。また、アールネが民間説話を「動物昔話」、「本格昔話」、「笑話」の三大分類にまとめたところを、トンプソンは第四の「形式譚」、第五の「その他/分類できない話(unclassified)」の分類を設けている。 次の大業として、民間説話における「モチーフ」を識別・カタログ化した集大成、『民間文芸のモチーフ索引』Motif-Index of Folk-Literature を、はじめFFコミュニケーション誌に発表し(1932年-1936年)、のち増補が加わった新装版(全6巻、1955–1958年)をインディアナ大学より刊行した。 トンプソンが民俗学において名声をとどめるのは、このアールネ共著『昔話の型』と、『民間文芸のモチーフ索引』の業績によるものである。他にも著書、共著、訳書、は多数に渡る。 トンプソン自身、長年にわたり民話、バラッド、諺、言い伝え、なぞなぞ、などの収集をおこなったが、そうした伝承民間文芸の研究に、トンプソンが築き上げた分類化の機構が大いに役立っている。 1942年をはじめに、4年ごとに"Institute of Folklore"と称する夏期コースをもうけ、世界から研究者を招聘して会議をおこなった。これはトンプソン教授が1956年に引退する以降まで続いた。1962年、同会議が常設の民俗学研究所としてインディアナ大学に設置されることになり、初代所長(兼機関紙編集長)には、リチャード・ドーソンが赴任した。 1976年、米インディアナ州コロンバス市の自宅で心不全となり永眠。
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教授職
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「アルマス・リンドグレン」の記事における「教授職」の解説
リンドグレンは1919年にグスタフ・ニーストロムに代わってヘルシンキ工科大学建築学教授に就任、著名なフィンランドの建築家アルヴァ・アールトを教え、影響を与えることになる。
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