尋常高等小学校時代(1915-1930)
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「熱海市立図書館」の記事における「尋常高等小学校時代(1915-1930)」の解説
熱海は多くの文学人に愛された町である。徳富蘇峰、坪内逍遥、谷崎潤一郎、永井荷風、広津和郎、志賀直哉、吉川英治、佐佐木信綱などは居を構えたことがあり、太宰治、川端康成、舟橋聖一、三島由紀夫なども滞在経験がある。 なかでも文学評論家の坪内逍遥は、東京開成学校(現・東京大学)在学中の1879年(明治12年)、長兄の湯治に同行して初めて熱海を訪れた。1886年には妻センとの新婚旅行でも熱海を訪れると、その後は冬季にしばしば熱海を訪れて露木旅館を常宿とするようになった。1912年(大正元年)には糸川沿いに別荘を構え、1920年(大正9年)からは水口町の双柿舎で暮らした。死去するまで計23年間も熱海と関わりを持ち、熱海町歌を作詞している。逍遥は熱海市内の海蔵寺に埋葬されており、現在では双柿舎が一般公開されている。逍遥は町民や温泉客が閲覧できるよう、自身の蔵書を本町温泉療養所「噏滊舘」(きゅうきかん)内に置いた。 熱海町は大正天皇御大典記念事業として図書館の設立を決定。1915年(大正4年)11月10日、田原町(現・春日町)にある熱海尋常高等小学校正面玄関2階の貴賓室に町立熱海図書館が開館した。立案者の斉藤要八が逍遥に協力を要請すると、逍遥は図書館の蔵書の中心として約3,600冊を寄贈した。その他有志による寄贈図書、購入した図書を合わせて、開館時の蔵書数は5,657冊だった。 逍遥は図書館で使用できる大火鉢を提供した上に、図書台帳の作成、寄贈書への寄贈者名の捺印、閲覧・貸出規則の作成、番号・分類・蔵書印による図書管理など、図書館運営の助言なども行った。後には佐佐木信綱、徳富蘇峰、谷崎潤一郎、吉川英治、志賀直哉などの文化人も熱海図書館に図書を寄贈している。なお、熱海町は御大典記念事業として図書館設置以外にヒノキとスギの戦役記念造林をおこなっている。 静岡県に初めて設置された図書館は、1888年(明治21年)10月に駿東郡沼津町(現・沼津市)の沼津尋常小学校内に開館した沼津文庫である。1915年には3月に君沢郡三島町(現・三島市)で、11月に熱海町と田方郡伊東町(現・伊東市)で図書館が開館している。
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