宗教、道徳および教育
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/14 15:21 UTC 版)
「ジョージ・ワシントンの辞任挨拶」の記事における「宗教、道徳および教育」の解説
ワシントンの挨拶文で最も引用されることの多い部分の1つは、私的および公的の幸福を促進するだけでなく、国の政治的繁栄を促進することにおいても宗教と道徳の重要性を強く支持しているところである。宗教の教義は公正さの基礎である資産、評判および生命の保護を促進すると主張している。さらに国民の道徳は、選挙で選ばれた政府において必要であり、宗教はアメリカ合衆国の選挙で選ばれた政府を維持するために不可欠なので、道徳は宗教無くして維持されないとまで言っている。次のように記している。 政治的繁栄に繋がるあらゆる配剤と習慣の中で、宗教と道徳は欠くことのできない支持材料である。愛国主義の証を主張する人だとしても、人類の幸福の偉大な柱、人と市民の義務の最も堅固な支持物を倒そうとしても無駄である。単なる政治家は等しく敬虔な者であり、彼等を尊敬し大切にすべきである。一巻の書物では私的および公的な至福との結びつき全てを辿ることができないだろう。宗教的義務感が治安裁判所での調査の道具である宣誓から無くなれば、資産、評判および生命の安全はどこにあるだろうか?と単純に問うて頂きたい。道徳が宗教無しに維持できるという仮定に注意を向けてみよう。特有な構造の心において洗練された教育の影響下に何ものが譲るとしても、理性と経験はどちらも国民の道徳が宗教教義を除外できるようになると期待させない。 ワシントンは宗教を公共道徳の基礎になるものとして引き合いに出した。また、アメリカの政府はアメリカ合衆国全体の「知識の融合」が主要目的であることを確認する必要があると論じている。何故なら政府は人民の意見を強制するために作られたのであり、人民の意見の結果として情報を与えられ、知識を得られるべきだからである。 さらには理神論者として、またおそらく少数派の宗教を信じる者が如何に見下されているかを知っている者として、社会における宗教の破壊的性格を持つ可能性について、以下のように記している。 人類の間に存在するあらゆる敵意の中で、宗教における感情の違いに起因するものは、最も執念深く痛ましいものになるものであり、大半は蔑視すべきものである。私は現在を特徴づける啓蒙的で自由な政策が少なくともあらゆる会派のキリスト教徒を和解させると期待しており、そうすれば社会の平和を危険に曝すようなところまで宗教的な紛争が起きることも二度とないだろう。- Letter to Edward Newenham (20 October 1792)
※この「宗教、道徳および教育」の解説は、「ジョージ・ワシントンの辞任挨拶」の解説の一部です。
「宗教、道徳および教育」を含む「ジョージ・ワシントンの辞任挨拶」の記事については、「ジョージ・ワシントンの辞任挨拶」の概要を参照ください。
- 宗教、道徳および教育のページへのリンク