四人制と二人制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/23 08:49 UTC 版)
「チャトランガ系ゲーム比較表」および「チャトラジ」も参照 1790年にインドで裁判官を勤めていたウィリアム・ジョーンズが発表した「インドのゲームのチェスについて」という論文に、四人制チャトランガが初めて紹介されている。この論文が、最古のチェスは四人制であったとする根拠となり、19世紀までの有力な説であった。 20世紀に入り、1913年にハロルド・マレー(H. J. R. Murray)の『チェスの歴史(英語版)』が出版された。この書籍は現在でもチェス史の聖典とされている。『チェスの歴史』では、チェスの起源を四人制とする従来の説を否定している(ただし二人制であったとも断定していない)が、四人制チャトランガについて詳しい解説がなされている。 第二次世界大戦後、マレーが自説の一部を修正したことから、四人制起源説が再び主流となった。1970年代から1980年代にかけて、四人制起源説が定説となり、この時期に日本で出版された増川宏一による書籍でも四人制起源説が紹介されている。 1990年代に入り、新たな研究結果が示されるようになった。ミュンヘン大学教授レナーテ・ザイエットは、1995年に発表した論文「チャトランガ、チェスの起源と原型、古代への観察」の中で、これまでの四人制原始型説に対しいくつかの疑問を投げかけている。また、ザイエットは、12世紀初めのサンスクリットの文献『マーナソーッラーサ(英語版)』にチャトランガの記述があるのを発見し、これには二人制のものが先行して書かれていることを指摘している。 さらに、紀元後4から6世紀に成立したとされる『マハーバーラタ』のチャトランガについての記述は、実際の戦争における軍隊の戦術に関するものであり、盤上遊戯のものではないと考えられている。さらに時代がさかのぼった紀元前2から3世紀の四人制チャトランガを初めて示したとされるバールフートのレリーフも、現在ではチャトランガの対戦を示したものとは考えられていない。二人制チャトランガの最古の史料とされるブッダガヤのレリーフも、サイコロ遊びであってチャトランガではないという意見が有力となっている。 現在では、四人制チャトランガは11世紀以前にさかのぼることができないと考えられており、チェス・将棋の起源となる盤上遊戯はサイコロを用いない二人制のものであったと考えられている。二人制のチャトランガが成立した時期も紀元後の数世紀以降と見なす立場が有力である。前述の増川も、2003年に出版された書籍で自説を修正し、二人制起源説を支持している。
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