作庭歴
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日本造園学会賞を桂離宮他日本庭園史に関する一連の研究により受賞している研究の傍ら、後に庭園文化研究所を主宰し、古庭園の復元作庭や庭の実作にも手腕を発揮した。その作風は、庭園に隣接する建物との調和を調和を重視し、各所が緻密な時代考証に裏付けられていて、字地内の雰囲気を正しく高揚している。 枯山水など室町時代風が最高峰とされがちだった日本の庭園史理解において、『作庭記』が著された平安時代末期を最初の黄金時代を捉えていた。作庭したいずれの庭にも幽玄な景観をあて、また石組みにも独自の考えを志向。石組みは、石を鳥獣戯画的に動物に見立てる七五三組みを好んでいだといわれる。 遍照院庭園(福岡県久留米市寺町、1960年) - 月星化成寄贈、財団法人高山彦九郎史跡顕彰会が管理。 唐招提寺「僧坊の庭」移設(奈良市、1969年) - 京都・妙蓮寺の「十六羅漢遊行の庭」を移築。 浄瑠璃寺庭園(京都府木津川市) 延命寺庭園(大阪府河内長野市) 郡山城跡市民文化会館庭園(奈良県大和郡山市) - 古川三盛らと。 矢田寺大門坊の一如庵露地(奈良県大和郡山市) - 小山潔が施工。 永井家御茶屋「玄禄」の改築とその庭(愛知県豊橋市、1958年) 今西家庭園(奈良県橿原市今井町) 橿原神宮文華殿庭園(奈良県橿原市久米町) 柳生陣屋跡公園整備調査・設計(奈良市柳生町) 紫式部公園庭園設計(福井県越前市東千福町) 久留米市立荘島小学校坪庭(福岡県久留米市) 南宗寺庭園修理復元(大阪府堺市) 櫻井寺庭園(奈良県五條市) - 石柱、天誅組本陣跡の石柱揮毫は中村素堂による。 海眼寺庭園(京都府福知山市、1969年) 大阪万博日本館内日本庭園作庭(大阪府) 和歌山城紅葉渓庭園整備基本計画(和歌山市、1969年)
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