低温での誘電緩和
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 01:18 UTC 版)
ガラス転移点以下の低温において、無定形ポリマーは全体的にガラス状態となり、結晶性ポリマーは結晶とガラスの混合系となる。この状態においても高分子鎖は局所的に熱運動しており、結晶中の欠陥を反映した誘電緩和が見られる。また、ポリマー中に含まれる残留モノマーや不純物、水分、安定剤などの低分子は誘電緩和に関与する。多くの場合、高分子に結合した不純物がガラス転移点以下での緩和を引き起こす。この結合は、不純物がモノマーの重合中にモノマーに結合したり、高分子が酸化したりなどして導入される。 高分子鎖の側鎖による内部回転は緩和(側鎖緩和)の引き金の一つである。無定形ポリマーでは、側鎖全体による側鎖緩和(第一側鎖緩和)温度より低温で、側鎖の一部だけでの内部回転緩和(第二側鎖緩和)が現れることがある。側鎖緩和の例として、ポリメタクリル酸メチルやポリオレフィンの多くの種類において、多数の温度領域での誘電緩和の原因であることが推定されている。 運動単位がプロトンであるときは、低温において熱活性化ではなくトンネル効果による運動が起こることがある。4.2 K といった極低温においてポリエチレンの誘電損失は周波数に依存しており、この現象は、Phillips によるプロトンのフォノン援助トンネル効果理論(theory of phonon-assisted tunneling)により説明することができる。ポリエチレンが誘電損失を起こす周波数 fr は温度に比例し、同一温度で二つある。例えば 4.2 K のポリエチレンにおいて約 4 kHz と約 1 MHz に誘電損失がはっきりと観測される。低周波損と高周波損のどちらの fr も次の温度 T 依存式で導かれる。この式は、プロトンのトンネル効果によるポテンシャルの移動を仮定している。 f r = 8 b 2 Δ 0 2 k T π 2 ℏ 4 ρ v s 5 {\displaystyle f_{\mathrm {r} }={\frac {8b^{2}{\Delta _{0}}^{2}kT}{\pi ^{2}\hbar ^{4}\rho {v_{\mathrm {s} }}^{5}}}} ここで、k はボルツマン定数、ℏ は換算プランク定数、ρ は密度、vs は音速、2Δ0 は基底状態のエネルギー準位の分割、b は二つの誘電損失でのエネルギー差(の1/2)がフォノンひずみによって変化する割合である。トンネル効果の原因であるプロトンの実体は現在のところ、酸化によって導入された水酸基かカルボン酸であると考えられている。これらの官能基はポリエチレンの酸化か、酸化防止剤などの添加剤に由来する。添加剤を含まない高密度ポリエチレンを酸化させたとき、酸化時間(融点直上の温度で空気中に曝す時間)が長いほど誘電損失の程度は大きくなる。酸化させなければ誘電損失は観測されない。このことは、酸化時間が長くなるほど、損失正接 δ の周波数依存曲線におけるピークの極大点が大きくなることで観測できる。酸化ポリエチレンの低周波損は結晶中の水酸基により、高周波損は非晶中の水酸基により引き起こされると推測されている。 フェノール系の酸化防止剤は極低温での緩和に影響を与える。高密度ポリエチレンに種々のフェノール系酸化防止剤を添加すると、誘電損失が現れる。高密度ポリエチレンは酸化させずに添加剤を入れなければ誘電損失は観測されない。種々のポリオレフィンのポリマーにこのような低分子を添加したとき、 fr は上記の温度依存式に従う。 プロトンのトンネル効果はポリメタクリル酸メチルにおいて、低温(低周波)でのα-メチル基の回転による粘弾性緩和(γ緩和)にも影響を与える。 フェニル基やピリジン基などの剛直な官能基は低温での高分子の運動に複雑な挙動をもたらす。剛直な官能基を持つポリマーは低温で誘電損失が観測される。例えば、主鎖に剛直な官能基が直接結合しているポリスチレンやポリ(4-ビニルピリジン)、ポリ(2-ビニルピリジン)、ポリ(L-フェニルアラニン)は 80 K 以下で誘電損失を示す。しかし、長い側鎖の先端に剛直な基を持つポリ(γ-ベンジル-L-グルタメート)はこの低温域に誘電損失を示さない。
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