中村忠_(空手家)とは? わかりやすく解説

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中村忠 (空手家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/03 05:28 UTC 版)

中村 忠 (なかむら ただし、1942年2月22日 - ) は、日本空手家で、世界誠道空手道連盟誠道塾の会長。段位は十段。樺太真岡郡真岡町(現在のロシア極東連邦管区サハリン州ホルムスク)出身。駒場東邦高校一期生。日本大学理工学部建築学科卒業。極真会館の発展に貢献し、大山倍達を支えた高弟で、大山の後継者とも云われた、初代首席師範である[1]


  1. ^ 剛柔流始祖である宮城長順の子息である空手家
  2. ^ 極真会館は、後に白帯と青帯の間に橙帯を入れた。
  3. ^ 2日間で行ったため、公式記録から除外されている。詳細は百人組手を参照。
  4. ^ 当時の極真会館全米選手権のチャンピオンであり、第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会では最強の外国人選手と云われた[5]黒人特有のバネを生かしたヒット・アンド・アウェイの戦法で、突き蹴りとバランス良く攻撃してきた[5]。3回戦ではイスラエルの100キログラムで柔道参段でもあるギドン・ギダリーを上段後ろ回し蹴り一本勝ち。4回戦では若きテクニシャンの東谷巧を破り、破竹の勢いで勝ちあがってきた[5]準々決勝で盧山と対戦し、延長1回で判定負けしたが、7位入賞した[5]誠道塾師範を務めている[5]
  5. ^ 1972年パリで開催された、空手の世界空手道選手権大会で全日本空手道連盟翼下の日本選手が団体戦が惨敗、個人戦は試合を放棄したことで「柔道に続き、空手よ、お前もか」と各種マスメディアで取り上げられた。これに対して大山倍達は「日本の空手は負けていない。近い将来、国際空手道連盟極真会館主催の全世界選手権を開催して、日本選手の強さを示す」と声明を発表していた事情があった。
  6. ^ 第1回オープントーナメント全日本空手道選手権大会から第6回まで連続出場し、第6回全日本選手権で4位に入賞した。現在は、国際武道連盟・極真空手 清武会の師範である。
  7. ^ 極真会館秋田支部所属で、第3回全日本選手権に初出場。第4、5回全日本選手権は共に3位、第6回全日本選手権5位、第1回全世界選手権5位とそれぞれ入賞し、第8回全日本選手権で念願の初優勝を遂げた。正拳突き前蹴り回し蹴りで戦い、闘将とも呼ばれた。第2回全世界選手権に推薦枠で出場。5回戦でウィリー・ウィリアムスと対戦。延長戦でウィリーの正拳突きと下突きの連打で一本負けをし、引退。現在は新極真会の秋田本庄道場の師範である。
  8. ^ 中村によると、大山茂ニューヨーク行きに大山倍達は、当初猛烈な反対をした。茂に対して「名前を変えろ」と言うほど反対していた大山を、中村が懸命に説得して決まった経緯がある。
  1. ^ a b c d 基佐江里、松永倫直「希代の英雄 中村忠」『ゴング格闘技1月号増刊 新・極真カラテ強豪100人』、日本スポーツ出版社、1997年1月29日、46 - 47頁。 
  2. ^ a b 「空手イコール大山倍達館長の組手にはあこがれました」『月刊フルコンタクトKARATE 4月号別冊 - 拳聖 大山倍達 地上最強の空手』第179号、福昌堂、1998年4月1日、18 - 19頁。 
  3. ^ 国際空手道連盟 極真会館 - 年度別昇段登録簿 (国内)」(日本語)『極真カラテ総鑑』(初版)株式会社I.K.O. 出版事務局(原著2001年4月20日)、62頁。ISBN 4816412506 
  4. ^ 『蘇る伝説「大山道場」読本』 日本スポーツ出版社、2000年、107頁。
  5. ^ a b c d e 新・極真カラテ強豪100人、86頁。
  6. ^ a b c d e 高木薫 『わが師大山倍達』 徳間書店、1990年、138 - 144頁。
  7. ^ a b 黒崎健時・徳橋誠 『サムライへの伝言-真の勇者に託された魂のメッセージ』 文芸社、2004年、41頁、61頁。
  8. ^ a b c 大山茂 『USカラテ アドベンチャー』 講談社、1984年、16頁、147頁。
  9. ^ 大山倍達 『私の空手道人生 輝く日本の星となれ』 講談社、1973年。
  10. ^ 真樹日佐夫 『極真カラテ27人の侍』 サンケイ出版、1986年、280頁。
  11. ^ 「わが青春の大山道場を語ろう」『月刊フルコンタクトKARATE』 福昌堂、12月号、1997年、8頁。
  12. ^ 芦原英幸 『流浪空手』 スポーツライフ社、1981年。
  13. ^ 山崎照朝 - 円の受けの極意」『格闘Kマガジン』 ぴいぷる社、2月号、2000年、24頁。
  14. ^ a b 「山崎照朝の武道空手論」『月刊フルコンタクトKARATE』 福昌堂、10月号、1995年、14 - 15頁。
  15. ^ 不動武 『空手仙人 - 岸信行 - 枕にキノコが生えるまで泣け!! - 不敗の人生術』 東邦出版、2009年、82 - 83頁。
  16. ^ 「武道魂とは何か?」『極真とは何か?』 ワニマガジン社、1996年、156頁。


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