上田電気館/上田でんき館とは? わかりやすく解説

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上田電気館/上田でんき館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 14:35 UTC 版)

トラゥム・ライゼ」の記事における「上田電気館/上田でんき館」の解説

上田映画館1917年大正6年開館の上劇場(後の上映劇)が最初であり、1919年大正8年開館の上演芸館につづいて1921年大正10年)に上田電気館開館した。これらは当時地方都市には珍しい鉄コンクリート造の洋式映画常設館であり、数多く映画ファン上田生まれた火災2度立て替えている。かつては国鉄上田駅前にあり、主に松竹作品上映していた。 上田市映画館変遷1960年(7館)上田映画劇場本町4828) 上田東電気館本町4828) 上田中劇場原町5780) 東横映画劇場横町4624) ニューパール劇場北天神町2055) 上田テアトル馬場町4267) 大屋座(神川町大屋前身館(1960年以前)に建て替える際に上田市中央1-6-13の現在地移転し上田東電気館として東映作品の上映館となった全国映画館数がピーク迎えた1960年昭和35年)、上田市には7館の映画館があった。 1998年平成10年)には現行館に建てかえ、単独館から2スクリーン増やした。「港町キネマ通り」に掲載され2009年時点では103席と82席だった。現行館鉄筋コンクリート造であり、OMソーラーシステム導入した省エネ型の映画館である。曲面生かした斬新なデザインであり、上田市都市景観賞を受賞している。つたが絡まる打放しコンクリート外観印象的であり、「映画館というよりも小さな美術館」に見えとされる2009年平成21年)に公開された『サマーウォーズ』(細田守監督)が上田市舞台となっており、全国各地から観客あつまったインド映画の上時に近くインド料理店とタイアップしてインド飲食物雑貨販売したこともあった。客層主流年輩者であり、学生減少傾向にあった2009年時点上田市映画館上田でんき館上田映劇の2館のみであった2011年平成23年4月21日にはアリオ上田TOHOシネマズ上田開館したことから、運営元のセム・コーポレーションは上田でんき館上田映劇定期上映終了した上田映劇舞台があることから劇場などに転用できたが、映画専用館のでんき館は存続見通せず、土地建物売却先を探していた。

※この「上田電気館/上田でんき館」の解説は、「トラゥム・ライゼ」の解説の一部です。
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