マクロ経済学の開拓者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/11 06:32 UTC 版)
「ミハウ・カレツキ」の記事における「マクロ経済学の開拓者」の解説
カレツキはマクロ経済学の最初の開拓者であり、実は驚くべきことに、ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』(俗に『一般理論』)に登場するさまざまな概念のかなりの部分をケインズやケインズ・サーカスよりも先にたった一人で着想していたのだが、これらを発表した彼の研究論文(1933、1935)はポーランド語とフランス語で刊行されていたため、経済学会でほとんど注目されなかった。当時の経済学界における共通言語はすでに英語が主流であり、研究論文は英語で書かれていなければ意味がないも同然となっていた。カレツキはケインズが1936年に『一般理論』を刊行するとすぐにそれを通読し、そこに書かれている内容が自分の既出論文の内容と一致することに気づいた。彼はさっそく同年中に自らのほうが先にそれらの概念を論文の形で発表しているという主旨の論文を書いたのだが、しかしそれもポーランド語で書かれたものだった。これはすぐに英訳された。 とくに有効需要の概念がカレツキによるものとケインズによるもののどちらが先か、という議論は後世の者にとっては興味のある論点であり、ドン・パティンキンは、ケインズがベースとしたのがリチャード・カーンの雇用乗数であったのに対し、カレツキのは景気循環の投資乗数であり、有効需要理論についてのカレツキの先行性を主張することはできないとしている。ただし実際のところケインズが『一般理論』のなかで提示したのは投資乗数で、これはカレツキの投資乗数と同じものであり、ケインズは同書ではカーンの雇用乗数を参照しながらこの2つの乗数が一致する条件を提示し、その条件が成り立つ場合を想定して論を展開している。鍋島直樹はカレツキは失業の存在こそが資本主義経済の一般的性格と考えこの問題を克服するために投資決定・景気循環の理論にとりくんでいたことは明らかだとする。パティキンに対する反論としてはFeiwel(1989)がある。また有効需要理論に関する両者の先行性についての論争を展望した論文に元木(1989)がある。山本英司は「ケインズと独立にないし先行して・・・発見した」とする。 いっぽう、カレツキが滞在し親交を深めたケンブリッジ大学の経済学者でいわゆるケインズ・サーカスの中心的人物であったジョーン・ロビンソン教授は、カレツキはケインズに先行して有効需要の原理を発見していたものの本人自らこの事実を執拗に訴えることは全くなく、カレツキのこの気高い態度は学問の世界では残念ながら実に稀である、とし、われわれとは全く異なった政治的・知的出発点からわれわれと同じ結論に達していたという事実は、われわれケンブリッジの人間にとっても大いなる励ましであった、と述べている。ちなみに、カレツキがケインズ・サーカスの研究に興味をもちイギリスに渡り、ケンブリッジでケインズと初めて出会ったのは1937年であるが、ケインズの周囲の人間によると、このとき何を勘違いしたかケインズはカレツキに対し異常なほど冷淡で高慢な態度をとっていたという。しかしその後はカレツキと、ケインズやサーカスの面々は親交を深めた。 カレツキの論文その他の著作はほとんどがポーランド語で書かれているため、彼の理論や思想は英訳があるものの"Political Aspects of Full Employment", 1943, Political Quarterlyなどを除いては英語圏では現代においても深く知られていない。英語圏ではわずかにケンブリッジ大学のジョン・メイナード・ケインズのグループ(いわゆる「ケインズ・サーカス」)、オックスフォード大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスをはじめとした、イギリスの一部でのみ、カレツキの研究が知られている。 日本では宮崎義一や伊東光晴の翻訳によってカレツキの理論のエッセンスとなる論文『経済変動の理論 資本主義経済における循環的及び長期的変動の研究』を日本語で読むことができる。 カレツキはマルクス経済学の剰余価値の概念を出発点として有効需要を発見している。いっぽう、カレツキとほぼ同時期に、まったく独立して有効需要を発見したジョン・メイナード・ケインズと彼のケンブリッジ大学のグループ(いわゆる「ケインズ・サーカス」)は、マルクスより後の経済学で主流となった限界効用の概念を出発点とし、彼ら自身もその基礎を学んだ新古典派経済学に対する批判的態度のなかで、カレツキの研究を知らないまま独自に有効需要の着想に到達している。 近年ではニュー・ケインジアン、ポストケインズ派、新リカード学派の先駆けと評されている。
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