ホビー、スポーツ用のエンジン付模型飛行機
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/02 07:13 UTC 版)
「フリーフライト (模型航空)」の記事における「ホビー、スポーツ用のエンジン付模型飛行機」の解説
1928年にウエークフィールド競技が始まったとき、 “ 動力はゴム・エンジン・圧縮空気など何でもよいが、胴体内に納めること。 胴体は一定以上の太さを持つこと。(全長の2乗/100以上) 自力で地上より発航すること。(ROG) 主翼面積は無制限 最大重量11ポンド(約5kg) 3回の飛行の最大滞空時間を成績にする。(各回にやり直しは無い) ” と言う規定で、20cc以上のエンジンも積めるような機体制限であった。競技を始めてみると、当時の巨大なエンジン模型飛行機は小さなゴム動力機に全く歯が立たず、1934年の規定改定によって排除されてしまった。 1930年代に、個人レベルで扱える大きさの小型エンジンが出現。大きさは10cc前後、5,000回転くらいで0.2馬力内外。2サイクルのガソリンエンジンで、スパークプラグ点火のため当時の重い乾電池を搭載。代表的なエンジンはアメリカの「ブラウン・ジュニア」 機体の仕様の例(市販キットの「ミス・アメリカ」機:ZAIC年鑑1937年版に収録) 重量4.5ポンド(約2kg)、スパン7フィート(2.1m)、コード12インチ(0.3m)、翼端は楕円、主翼面積は60平方dmくらい、エンジンは1/6~1/4馬力を指定。 形は、高翼の軽飛行機、あるいはRC機に類似。 機体のスパンは現在のF1C機と同じくらいだが、縦横比は小さく、翼面積や機体重量は約2倍。馬力荷重は10kg/㏋くらいで、辛うじて上昇するモーターグライダーに近い機体になった。 大きな金属のエンジンを先端につけた2kg以上の機体は、当時のゴム動力機に比べると10倍重く、衝突時の衝撃は大きかった。良く飛ばないという先入観で既存の狭い飛行場で飛ばすと危険で、現実に衝突事故が多発した。 アメリカでは模型飛行機の公害が社会問題化した時期があり、模型界もエンジ機を容認するかどうかマスコミを巻き込んで大騒ぎになった。 結論は「技術進歩を指向する努力の芽を摘んではいけない」と言う主旨でエンジン機容認派が勝ち、現在に至っている。また、模型界の自浄作用として安全管理が推進された。AMA(アメリカ模型航空協会)の規定書を見ると安全確保に付いてくどいほど書かれており、また、早い時期から入会と損害保険付保がコミになるシステムが導入されている。
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